それから数日後、また理科の授業が目前に迫っていた。それなのに──
机の中にも廊下に置いてあるロッカーの中にも──生物の教科書がない。
仕方なくノートと筆箱だけを持って理科室へ向かおうとすると、声をかけられる。
声のした方へ振り向くと隣のクラスの窓から肘に顎を置きジーッと私を見ている人がいた。
驚く私に気にも留めない顔で述べる彼。その彼は──
かっこいい、私の探している彼だった。
こんなチャンスは二度とないと思った私はすぐさまうなずき返事をする。
彼は教室の中へ戻ると今度は扉から出てきて私にそれを差し出す。
急に照れくさくなり、顔が赤くなっているのではないかと心配で下を向いた。
あまりの展開の速さについて行けず若干放心状態になってしまった。
顔を上げた時だった。理科室へと急かすようにチャイムが鳴り出した。
私はそう言い残して彼の返事を待たずに理科室へ走って向かった。
「起立、礼」
(やば、もう号令始まってる)
こっそり扉を開けて理科室に入るが時すでに遅しだった。
(バレてる……)
榎本先生から注意を受けてしまった。
皆の注目の的になり恥ずかしいのやらなんのやらで、そそくさと席に着き小さくため息を吐いた。
ふと顔を上げると由奈が私の顔と手元を交互に見るのでどうしたのか尋ねると、
と聞いてきた。その瞬間彼に教科書を借りたことを思い出し沈んだ気持ちから一転、スポットライトを浴びたように気分がパァッと明るくなった。
先生の話の陰に隠れるようにさっきの出来事を由奈に話すと満面の笑みで一緒に喜んでくれた。
由奈の質問の意図が分からない。
(はっ!)
由奈に言われてようやく気づく。
(なんて事! 自分のバカさ加減にあきれちゃう。何で聞かなかったんだろう……。自分で自分が嫌になる)
心の中で自分に叱咤すると由奈が言った。
そこでやっと気づく。私は教科書を借りたのだ。それなら──
ドキドキしながら教科書をひっくり返し、名前を確認した。
‘桐生慶太‘
(きりゅうけいた……。きりゅうけいた!? けっ……Kだ!!)
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。