第3話

『ハルイチバン』 第1幕
98
2018/12/30 02:03
玄関にはいつも通りナツがまっていた。
ハル、原稿どう?終わった?」
「もちろん...打ち込み出来てない!」
「どや顔するところじゃないよ...先輩に僕まで怒られたらどうするのさー?」

おはようございます!と校門のそばにいる警備員さんに挨拶する。
私、一之瀬春乃イチノセハルノ二ッ森夏鈴フタツモリカリンは小学校からの同級生。一緒にこの中学校に通ってる。
そして、晴れて中学生になった私たちは早速文芸部の締め切りに追われている。
クラスも同じだ。一之瀬と二ッ森はイとフだから出席番号順では離れたけれど、まわりの席の人たちとも仲良くしているからお互いそこまでベッタリしない。
...とはいえ、部員の数がかなり少ない文芸部で同じクラスの部員ともなると口数は以前と比べて減ってないように思える。

「あ、今日僕図書委員の当番だった!行ってくる!」
「いってらー。夏も気を付けてね。図書室の先生怖いんでしょ?」
「まぁ...ね。頑張るよ。
そういえば、今日は多恵ちゃんが残ってるはずだよ。3組ね。んじゃ!」

多恵ちゃん、というのは隣のクラスの女の子だ。
夏は元々眼鏡っこで背が低い。肩につかないくらいの髪の毛を赤いリボンで結んでいるのが似合うような、俗にいうかわいい系女子だからかキャラ的に顔がかなり広い。
多恵ちゃんというのもすんでるところがわりと近いとかで仲良くなっていたはずだ。
完全に夏の後ろ姿が見えなくなると多恵ちゃんのいる教室へ足を運ぶ。
珍しく今日は多恵ちゃんも一人だった。宿題を黙々とやっていたけれど、こちらにすぐ気づいて教室のドアに突っ立っていた私に手をふってくれた。
「あ、春乃ちゃん。」
側にかけよってノートを覗きこむ。
恐らく数学だろう。
「多恵ちゃん何やってるの?」
「宿題の連立方程式」
「面倒だねー。はぁー、私も頑張らないとなぁー。」
ばっと、原稿用紙を広げる。
今回はまったくといっていいほどテーマが決まらない。俗にいうスランプというやつだ。
こっそりスマホを取り出して操作する。本来この学校ではスマホを使ってはいけないが、私はこうして時々使う。先生にばれたことも...ある。
特に目立ったニュースもなし。
みんな面白いことを呟いてるわけでもない。
「ネタよー!降ってこぉぉぉーい!」
呼んだかのぅ?といって降りてくるネタの神様がいたらいいのに。いっそのことそれをネタにするか?
ネタのない話。
...流石に初めて部誌に出す勇気はない。
「そういえば、」
多恵ちゃんが切り出す。
春一番ハルイチバンって吹いたかな?」
「わかんないなー、春一番ってあんまり馴染みないし。春一番ってなんだろ?」
「強く吹く南風、だっけ?」
「詳しいね...。」
多恵ちゃんみたいに頭がよくなりたい、という言葉を飲み込む。流石にいうのはマズイ。
「昔さ、春一番って春の最初にやる大きなことだと思ってたんだよね。」
「何それ?笑える!!あっ、小説のネタにしちゃダメ?」
「全然構わないよ。こんなんでいいの?」
「いいのいいのっ!!」
さらさらとシャーペンをはしらせる。
甘酸っぱい恋の話。書ける!!


「春?帰ろー?」
「なつうううううう!!!」
そのまま夏のてを握る。他の人がギョッとした目でこっちを見てるがそんなことはどうでもいい。
「かけたぁぁぁぁ!!!」
「お、お疲れ様...。何についてかいたの?」
「春一番!」
その言葉を聞いて、夏の苦笑いがスッと消える。
「夏?なんかあった?」
「え、あ、ううん!何もないよ。帰ろ!」
「う、うん...。」

そして、暫くその事を忘れた

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