第4話

"スパイダー”-3
1,558
2018/09/20 02:34
奈々香
奈々香
ユータン格好良いじゃん
植草
植草
俺はああいうスカしたやつって嫌い
奈々香
奈々香
あんたもスカしてるよ
話がまるで進まない。"スパイダー"ってなんだよ!

内心イライラしていると、向かいに座っていた木和田がスマホを差し出しながら「ユータンってこいつ」と教えてくれた。木和田、お前はできるやつだと思ってたよ。



ただ慣れないスマホをどうやって操作したらいいか分からず戸惑った。「画面タップして」と言われたが、タップとはなんぞや。分からないまま震える指先を画面に触れさせると、ただの画像だと思っていた写真が途端に動き出した。
ユータン
どもー! ユータンでぃーっす!
大学生ぐらいの男が、陽気な声を出しながら両手を大きく振ってぴょんぴょん飛び跳ねている。ひとりじゃないらしい、画面には映らないが、「ヒュー!」だの「ウェーイ!」だのいう第三者の盛り上げる声が聞こえてきた。
ユータン
今日のユータンは〜なんと〜
溜めに溜めて、ユータンは叫ぶ。
ユータン
電車と競争しちゃいまーす!
結論から言おう、こいつ嫌いだ。

なんていうかこう、この空気。受け付けない感じ。動画開始五秒で私の魂が全身全霊で拒否ってる。芙美、奈々香、ごめん。二人の趣味が理解できない。



ユータンはまず走って電車に勝負を挑む。もちろん負けた。当たり前だ、幼稚園児にだって勝敗は予想できる。

そして手を替え品を替え、ユータンは電車にスピード勝負を挑み続けた。最終的には電車が信号にひっかかり、からくも勝利を収めていた。ぜえぜえとわざとらしく体を上下させながら、汗をぬぐうユータン。全身で喜びを表現しながら、
ユータン
皆〜またね〜!
動画を見終わった私は思い悩んだ。はっきり言ってつまらん。キングオブつまらん。つまらんオブ・ザ・イヤーを授与したいレベルでつまらん。わずか八分間の動画だったが、こいつに私の人生の八分間を奪われたと思うと腹立たしくてならない。



しかしこの気持ちをそのまま芙美と奈々香に伝えるわけにはいかない。本音を吐こうものなら私はグループからあっという間に追い出され、クラスの最下層に転落するであろう。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
か、カッコイイね
芙美
芙美
だよねー!
本音とは真逆の感想だったが、言って正解だった。友人二人の心は私から離れずに済んだようだ。ユータン、ヒヤっとさせやがってこの野郎が。
植草
植草
えー清見さんまで? 俺のほうがカッコイイじゃん
肩にもたれかかってくる植草を苦笑いで押し返し、お前もユータンと同じ属性だろ、と内心では毒づいた。

"スパイダー"が何たるかは、だいたい理解した。まず"スパイダーウェブ"という動画投稿サイトというのがあって、そこで素人ながらに撮った動画を全世界に公開している人間という認識で間違っていないだろう。聞けば一人や二人ではなく、全世界に数千人、いやもっといるらしい。皆、暇だな。
奈々香
奈々香
ヒロ、ガラケーだから動画観られないんだよね。他にも面白い動画いっぱいあるよ
芙美
芙美
スマホにしたら連絡もしやすいしさ、親に言って買ってもらいなよ
あいまいに頷きながら、明確な答えはうやむやにした。スマホって高いし、うちは決して裕福じゃない。ガラケーで十分生きていける、そう思っていた。

いつの間にかまつ毛を直した芙美が、ふと言った台詞を聞くまでは。
芙美
芙美
ユータンの年収が一億ってほんとかな?
気づけばクラスは静まり返り、教室中の人間から私は注目されていた。

そりゃそうだろう、椅子をひっくり返して勢いよく立ったんだから。

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