語尾を延ばした媚び媚びの演技。視聴回数、平均二桁の弱小"スパイダー"が、今日も可哀相な動画を上げている。数少ない視聴者のひとり、会社帰りのサラリーマンは電車の中でニヤニヤと笑った。彼は底辺を這いずり回る"スパイダー"を日々観察するという趣味の悪い趣味を持っていた。
ロコと名乗る"スパイダー"も観察対象のひとり。有名"スパイダー"の真似をして、必死に演じているのが滑稽でたまらない。そろそろむなしくなって消えるころだろう、意地の悪い予想をしていた。
突如として豹変したロコに、サラリーマンの男は「えっ」と声を上げていた。車内の視線が集中するのに気がついて縮こまる。なんだこいつ、いきなりキャラ捨てやがった。
イヤホンをつんざく大声に、男は息を詰める。画面にはもう、誰かのコピーみたいな女はいなかった。
百均で買ったようなスケッチブックには、「夢枕(ゆめまくら)に立たれたい」とマジックでデカデカと書かれていた。
どえらい上から目線である。ロコという女、完全に吹っ切れている。
サラリーマンの男は、最後まで動画を観た。そしてそっとチャンネル登録を消した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!