田口さんに案内され、私は近くのファミレスで話を聞いていた。四人掛けのボックス席、そのうちの三つが埋まっているという異常事態にそろそろ無視も限界だった。
ドリンクバーなんか頼みやがって、腹が立つ。
田口さんがいる手前、あまり争ってはいられない。せめて違う席に移動させようとしたが、大神は頑として動かなかった。
大神はまったく悪びれず、なぜか田口さんのほうが震え上がっていた。明るい店内で見ると、彼の顔色は随分とひどいのが分かる。早く吐き出したくて焦っているのに気がついて、続きをどうぞと促した。
田口さんの話はこうだ。ひと月前に今のマンションに引っ越してきてから、スマホに無言電話がかかってきたという。不気味に思った田口さんは当然、着信拒否。そうしたら今度は会社に無言電話がかかってきた。職場がバレている。
さらにはスマホに毎日メールが届くという。何回アドレスを拒否しても、違うアドレスからメールが来るのだ。『お昼はいつも外食で心配だ』とか、『喋っていた女は誰』などの監視を窺わせる内容だった。極めつけには、ケーキである。ベランダで発見したとき、ケーキに刺さったロウソクにはまだ火が点いていたという。
ただ、今日の自分の行動を振り返ってほしい。ストーカーは自分がストーカーであることに気付かないものなのだろうか。
思い過ごしじゃ済まされない。
配水管を伝って昇ってきた可能性も捨てきれないが、女のストーカーだと考えれば外からの侵入は難しいだろう。
話を聞く限り、ストーカー事件としか思えない。けれど違う、私の勘が言っていた。何よりあのとき、田口さんが助けを求めてコメントを残した瞬間に感じた怖気おぞけ。自分の勘を信じるならば、彼はよくないものに巻き込まれている。けれど会ってから今に至るまで、彼からは何の違和感も見受けられなかった。勘が外れた? でも一緒にコメントを見た母の反応からいって、勘違いということはないと思うんだけど。
隣に座る大神の体に肘打ちした。お前は黙ってろ!
なおも反論しようとする大神を視線で黙らせる。今度騒いだら叩き出すぞという脅しは、どうやら通じたようだった。
見間違いだろ、としょうこりもなく大神が呟いた。テーブルの下で足を思い切り踏みつけてやった。
田口さんの震えがさらに大きくなったので、カップを奪い取りそっと遠ざけた。彼は自分の手を皺が寄るほどきつく握り締めて、静かに涙を零した。
嗚咽を噛み殺す田口さんの肩に触れる。軽く二度叩いて、もう一度言った。おかしくなんて、ありません。
堰(せき)を切ったように泣き出した田口さんにびっくりしたのか、客と店員の視線が集中した。隣に座る大神は決まりが悪そうに顔を背けていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。