第28話

“恋”の呪い-4
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2018/10/11 02:42
田口圭介
最初は変だな、と思っただけなんです。僕の勘違いだろうって、思い過ごしだろうって。でも最近は、違和感だけじゃ説明がつかなくて
田口さんに案内され、私は近くのファミレスで話を聞いていた。四人掛けのボックス席、そのうちの三つが埋まっているという異常事態にそろそろ無視も限界だった。
ロコ
ロコ
すいません、田口さん。ちょっといいですか
田口圭介
はぁ、どうぞ
ロコ
ロコ
大神君、帰ってくれる?
大神直
大神直
やだね
ドリンクバーなんか頼みやがって、腹が立つ。

田口さんがいる手前、あまり争ってはいられない。せめて違う席に移動させようとしたが、大神は頑として動かなかった。
ロコ
ロコ
そもそもどうやってここを突き止めたの
大神直
大神直
田口さんのコメント、俺も見たんだ。二人が会うんじゃないかと思ってずっと見張ってた
ロコ
ロコ
ストーカーじゃん!
大神はまったく悪びれず、なぜか田口さんのほうが震え上がっていた。明るい店内で見ると、彼の顔色は随分とひどいのが分かる。早く吐き出したくて焦っているのに気がついて、続きをどうぞと促した。
田口圭介
マンションのベランダに、ケーキが置いてあったんです。メッセージカードには、"誕生日おめでとう"と書かれていました
田口さんの話はこうだ。ひと月前に今のマンションに引っ越してきてから、スマホに無言電話がかかってきたという。不気味に思った田口さんは当然、着信拒否。そうしたら今度は会社に無言電話がかかってきた。職場がバレている。

さらにはスマホに毎日メールが届くという。何回アドレスを拒否しても、違うアドレスからメールが来るのだ。『お昼はいつも外食で心配だ』とか、『喋っていた女は誰』などの監視を窺わせる内容だった。極めつけには、ケーキである。ベランダで発見したとき、ケーキに刺さったロウソクにはまだ火が点いていたという。
大神直
大神直
ストーカーですね
ロコ
ロコ
大神君が言うと説得力があるんだけど
ただ、今日の自分の行動を振り返ってほしい。ストーカーは自分がストーカーであることに気付かないものなのだろうか。
田口圭介
メールとか無言電話ならまだイタズラだろうって思えました。でも、ケーキは
思い過ごしじゃ済まされない。
田口圭介
僕の部屋、八階なんです。ありえないでしょう?
配水管を伝って昇ってきた可能性も捨てきれないが、女のストーカーだと考えれば外からの侵入は難しいだろう。
ロコ
ロコ
警察には通報したんですか
田口圭介
もちろん! でも盗られているものは何もなくて、ケーキのこともあまり真剣には受け止めてもらえませんでした。友人のイタズラだろうって
話を聞く限り、ストーカー事件としか思えない。けれど違う、私の勘が言っていた。何よりあのとき、田口さんが助けを求めてコメントを残した瞬間に感じた怖気おぞけ。自分の勘を信じるならば、彼はよくないものに巻き込まれている。けれど会ってから今に至るまで、彼からは何の違和感も見受けられなかった。勘が外れた? でも一緒にコメントを見た母の反応からいって、勘違いということはないと思うんだけど。
田口圭介
怖くなって、ホテルに移りました。でもそこで、映ったんです
ロコ
ロコ
なにがです
田口圭介
鏡に、知らない女の顔が
大神直
大神直
ありえねー
隣に座る大神の体に肘打ちした。お前は黙ってろ!

なおも反論しようとする大神を視線で黙らせる。今度騒いだら叩き出すぞという脅しは、どうやら通じたようだった。
ロコ
ロコ
はっきりと見えましたか
田口圭介
見た、と思います。一瞬でした、でも、覚えてます。あの顔、知らない女の顔だった。でも振り返ってみても、誰もいなかった。部屋の中、どこにも
見間違いだろ、としょうこりもなく大神が呟いた。テーブルの下で足を思い切り踏みつけてやった。
田口圭介
あれから鏡が怖くなって、一度も見てません。でも部屋にひとりでいるとき、耳元で誰かの笑い声が聞こえるんです。抱きしめられたような締め付けを感じることもありました。友人や同僚に話しても、皆気のせいだって、疲れているんだって誰も信じてくれなくて、……僕、僕の頭が、おかしくなったのかなあ、
田口さんの震えがさらに大きくなったので、カップを奪い取りそっと遠ざけた。彼は自分の手を皺が寄るほどきつく握り締めて、静かに涙を零した。
ロコ
ロコ
貴方はおかしくありませんよ
嗚咽を噛み殺す田口さんの肩に触れる。軽く二度叩いて、もう一度言った。おかしくなんて、ありません。
田口圭介
ぅう——……っ
堰(せき)を切ったように泣き出した田口さんにびっくりしたのか、客と店員の視線が集中した。隣に座る大神は決まりが悪そうに顔を背けていた。

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