マキちゃんに出会ったのは、まったくの偶然だった。バイトからの帰り、近道をしようと普段は使わない道を使った先で出会ったのだ。
時間は午後十時を回っていて、今思えば何かが出そうな雰囲気だった。稼動していない工場が連なった裏道に入って間もなく、サムズアップをして立つ若い女性に出会った。思わず自転車を止めて「ヒッチハイク?」と訊いてしまった。
ハイテンションで話しかけてくる女性、マキちゃんはここで事故に遭ったのだという。今の私のようにバイト帰りに近道をした際、バイクで事故ったらしい。
あっけらかんと話すマキちゃんに暗い様子は一切なかった。このまま放っておいても大丈夫そうな感じ。そのうち成仏するだろ、と思って適当に話を聞いていた。
それはちょっと長すぎやしないだろうか。
本人が主張するには、未練もないし早く成仏したいらしい。
ここで説明しておくと、成仏できない最大の理由がこの世に残した未練である。誰かに会いたい、想いを告げたい、パソコンの中身を消去したい、などなど。未練さえ消化できれば、あるべき世界に旅立つことができるのである。
しかし人間というのは死んでもなお欲深い生き物だ。願いを叶える手助けをしても、後から要求を増やしてきたり、ときには無理難題をふっかけるたちの悪い幽霊もいる。
手っ取り早いのが、強制的な成仏だ。またの名を除霊という。悪霊相手に問答無用でやる手段だ。母の得意技である。
塩は今、手元にない。家にある塩はそろそろ切れそうだし、新しく買うとなると出費がなあ。数百円だって惜しい生活をしている私にとって、除霊は金がかかる作業だ。それに塩をかけられた幽霊って抵抗してかなり暴れるからあまり見たいものじゃない。
予想はしていたが、マキちゃんは面倒くさいタイプだった。
無理難題を危惧した私に、しかしマキちゃんの願いは至極まともだった。
一、両親に謝る
二、妹と仲直りする
うん、これなら私にでも協力ができそうだ。あずさのときと同じ手を使えばいい。
三、芸能界デビューする
うん、……ん?
三番目の願いで頷きを止めた私に、マキちゃんは言った。
塩よっ、ヒロちゃん!
いやいやいや、駄目だ母さん、私にはできない。母の幻聴を振り払い、三番目の願いに難色を示した。そもそもなんで三個も願いを叶えてやらねばならんのだ。神龍シェンロンも三個叶えてくれるからって言われても、私はただの女子高生だっつーの。
押し問答が続く中、ポケットに入れたスマホが振動した。その瞬間に閃いた。そう、"スパイダーウェブ"に投稿することを思いついたのだ。
芸能界デビューには及ばないが、動画を投稿すれば日本どころか全世界に公開されて有名人間違いなしである。マキちゃんも納得してくれて、ノリノリで撮影に応じてくれた。ちなみに私が底辺中の底辺"スパイダー"であることは黙っておいた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!