第11話

夢枕に立たれたい-2
1,030
2018/09/27 07:15
大神と別れ、信号を渡った私は、しゃがみこんで女の子と目線を合わせた。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
よ、元気?
女の子はなぜか後ろを振り返った。周りに自分たち以外誰もいないことを確認すると、信じられないと言うように大きな目をさらに見開いた。けれど事実を受け入れるのは早かった。柔らかそうな頬をじわじわと赤く染めて、上目遣いに言った。
あずさ
あずさ
元気じゃないよ。死んでるもん
清見ヒロ子
清見ヒロ子
はははー、ジョークジョーク
あずさ
あずさ
全然笑えないんだけど
唇を突き出して不満を表すも、女の子は嬉しさを隠しきれていなかった。名前を尋ねると、女の子は瞬きをして、そして戸惑ったように後ずさった。
あずさ
あずさ
そんなの訊いてどうするの?
清見ヒロ子
清見ヒロ子
どうしよっかな
あずさ
あずさ
変なの
警戒されたかな。ちょっと困ったように眉を下げると、あずさ、と小さな声が聞こえた。

あずさ、はっさい。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
私はヒロ子だよ。十六歳
あずさ
あずさ
あずさ二人分だね
そうだね、と笑って無性に切なくなった。つまりは、私の半分。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
家はどこ?
とりあえずここから離れないと、信号が変わったら大神がついてくるかもしれない。あずさはこっちと言って、歩き出した。私は小さな背中についていく。

家に着くまでに、あずさは止め処なく喋った。誰にも話しかけられなかったから嬉しいのだろう。同じクラスの好きだった男の子、飼っていた猫、お父さん、お母さんのこと。

歩き続けること十分、あずさの足が止まった。閑静な住宅街のなんの変哲もない一戸建ての前で、ここだよ、と指を差した。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
電気ついてないね。留守かな?
あずさ
あずさ
ううん、いると思う。あ、プリンだ
あずさにつられて二階の窓を見上げると、カーテンの隙間から猫がこちらを見下ろしていた。白と黒の斑模様は、プリンというか、牛に似ていた。あずさが手を振ると、プリンが鳴く。しばらくして、人影が見えた。
あずさ
あずさ
ママ!
幽霊かと思った。

青白い顔のげっそり痩せた女性は、しきりに鳴く猫を近所迷惑と思ったのか、抱き上げて窓から離す。外を見て、見知らぬ少女、つまりは私がいることに気がついたが特に反応は見せなかった。無情にもカーテンを閉め、女性は窓辺から去っていった。
あずさ
あずさ
ままあ〜!
清見ヒロ子
清見ヒロ子
ちょ、泣かないでよ。って誰にも聞こえないか
家の中からひときわ大きな猫の鳴き声が聞こえる。プリンにはあずさの声が届いているのかもしれない。動物は人間と違って鋭いのだ、と言ったのは母だった。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
泣くな、あずさ
あずさ
あずさ
だってえ
清見ヒロ子
清見ヒロ子
家は分かったし、今夜だな。また来るから、あずさもここに来て
一方的な物言いに、あずさはしゃくり上げながら中々返事をしない。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
いい? 絶対来て。たぶんいいことあるから
あずさ
あずさ
ほんとう?
清見ヒロ子
清見ヒロ子
本当。たぶん
あずさ
あずさ
どっち!
あずさの目がすがるように私を見た。小さいのに、まだ私の半分しかないのに、途方に暮れて、ひとりぼっちだった。

こういう顔を最初に見たのは、小学二年生のときだった。

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