大神と別れ、信号を渡った私は、しゃがみこんで女の子と目線を合わせた。
女の子はなぜか後ろを振り返った。周りに自分たち以外誰もいないことを確認すると、信じられないと言うように大きな目をさらに見開いた。けれど事実を受け入れるのは早かった。柔らかそうな頬をじわじわと赤く染めて、上目遣いに言った。
唇を突き出して不満を表すも、女の子は嬉しさを隠しきれていなかった。名前を尋ねると、女の子は瞬きをして、そして戸惑ったように後ずさった。
警戒されたかな。ちょっと困ったように眉を下げると、あずさ、と小さな声が聞こえた。
あずさ、はっさい。
そうだね、と笑って無性に切なくなった。つまりは、私の半分。
とりあえずここから離れないと、信号が変わったら大神がついてくるかもしれない。あずさはこっちと言って、歩き出した。私は小さな背中についていく。
家に着くまでに、あずさは止め処なく喋った。誰にも話しかけられなかったから嬉しいのだろう。同じクラスの好きだった男の子、飼っていた猫、お父さん、お母さんのこと。
歩き続けること十分、あずさの足が止まった。閑静な住宅街のなんの変哲もない一戸建ての前で、ここだよ、と指を差した。
あずさにつられて二階の窓を見上げると、カーテンの隙間から猫がこちらを見下ろしていた。白と黒の斑模様は、プリンというか、牛に似ていた。あずさが手を振ると、プリンが鳴く。しばらくして、人影が見えた。
幽霊かと思った。
青白い顔のげっそり痩せた女性は、しきりに鳴く猫を近所迷惑と思ったのか、抱き上げて窓から離す。外を見て、見知らぬ少女、つまりは私がいることに気がついたが特に反応は見せなかった。無情にもカーテンを閉め、女性は窓辺から去っていった。
家の中からひときわ大きな猫の鳴き声が聞こえる。プリンにはあずさの声が届いているのかもしれない。動物は人間と違って鋭いのだ、と言ったのは母だった。
一方的な物言いに、あずさはしゃくり上げながら中々返事をしない。
あずさの目がすがるように私を見た。小さいのに、まだ私の半分しかないのに、途方に暮れて、ひとりぼっちだった。
こういう顔を最初に見たのは、小学二年生のときだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。