はい、ぜひ。
そう言おうとした私の口から出たのは「はひ、」という情けない声だった。
なんだ、どういうことだこれ、一体何が起こったんだ。
化粧で厚塗りした顔面から、汗が一瞬で噴き出すのが分かった。こめかみに水滴が浮く。目に見えない恐ろしいほどの衝撃を受け止めて、私は立っているのがやっとの状態だった。
嘘だ、バレるわけがない。
撮影しているときのすっぴん顔と、学校にいるときの化粧バッチリ顔はもはや別人だと朝子さんに言わしめた私だ。中学時代のクラスメイトがすっぴんの私を見たって、きっと気付かない。だってあのころ、分厚い眼鏡と宇野みたいに長い前髪をして、極力存在感を消していたんだ。誰にも分かるわけがない。
正体がバレかけていることよりも、告白を期待して裏切られたことのほうがショックだなんて、私も一応女だったんだなと再認識した。
私の呆然とした呟きに、大神の顔が一瞬で赤くなった。
いや、何も分かってない。普通、男子が女子を呼び出すとしたら告白以外ないだろうが。
私はアホだ。何勝手に勘違いしてたんだ。化粧して可愛くなったつもりでも、素の私なんかまるで大したことないのに。本当に可愛くなった気でいて、クラスのイケメンを振っちゃう自分に酔っていた。
死ぬほど恥ずかしいって、こういうことだ。
お前よりも私のほうが自分に失望してるよ。白菜もらったらとか、なんだよ。
穴を掘って埋まりたい衝動を抑えこみながら、それでも私はなんとか冷静でいようとした。恥ずかしがるのは後でもできる。今はいかにこの状況を切り抜けるかだ。大神が何をもって私の正体を掴んでいるのかは知らないが、知らぬ存ぜぬを突き通すしかない。大神クンこわ〜いとか言って泣いてやるから覚悟しろ。
両手を握り締めて祈るポーズを作った私は、しかし声を出す前に固まった。
別になんてことのない、コメント欄でいくらでも言われてきた言葉だ。
だというのに、どうして私の中の短い導火線に火が点いたのだろう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。