大神を撃退した翌日、教室に入ると真っ先にヤツと目が合った。
昨日の今日だ、さぞ気まずかろう。だが私は嫌味なほど微笑んでやった。
向こうは何か言いたげだったが、挨拶どころか一切喋らない。芙美と奈々香に声をかけて、自分の席につく。隣の席の宇野は、"スパイダー・シュウ"のゲーム実況の話題からなぜか元気がなかった。挨拶の声が小さいぞ。
前後の脈絡(みゃくらく)がバラバラだったが、宇野は大人しく数学のノートを出して見せてくれた。宇野、私はお前が心配だよ。私以外にほいほい勉強を教えちゃ駄目だからな。
一心不乱に書き写す私を、宇野は黙って見守っていた。ときどきどうしてこの答えになるのか訊いたら、分かりやすく教えてもくれた。
利己的な発言でさえ、宇野は嬉しそうだった。耳まで真っ赤にして、こいつ絶対私のこと好きだろと思った。昨日までは。
大神の奇襲は、私に過信という心を捨てさせた。宇野のあからさまな態度でさえもう信じられなくなっている。好かれていると思っていた男子に罵られるという体験は、思った以上に私にトラウマを刻み付けていた。
赤く染まった耳が、私に勘違いをさせようとする。馬鹿だなあと思った。もちろん私が、だけど。
ヤダうれし〜と猫を被った反応をしてやろうと思ったが、やめた。宇野という男は騙すにはあまりにも純粋すぎる。なけなしの良心が疼いて、本音をちらり。
でも宇野は、眩しそうに目を細めて言った。
言葉が出なかった。むしろ、いや、なんだろう私、けっこう弱っているのかもしれない。大神のせいだ。ちょっとだけ、嬉しかったなんて。
いつもの適当な返しができなくて困ってしまった。なんとかできたのは、自分でも分かるくらい下手くそな愛想笑い。
そのとき、目が合った。隣に座る宇野のずっと後ろ、窓際に立つ大神と。
怖い顔で、こっちを見ていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!