私の携帯がバイブで震えた。
確認すると、表示された名前は私の彼氏。
付き合い始めて1ヶ月。
このごろ毎晩電話がくる。
クラスが違って毎日は話せないから、すごく嬉しい。
今夜も彼の声で、私は眠りについた。
次の日。
「凛、今夜電話してもいい?」
昼休みに彼とお弁当を食べていると、彼にそう聞かれた。
「いいけど…毎晩普通にかけてくるじゃない。
どうしたの?急に許可なんかとって」
私がそう聞くと、彼の瞳孔は徐々に開いて、彼の白い肌がさらに青ざめる。
「…それ、俺じゃない」
彼の揺れる瞳とその様子から、冗談なんかじゃないことはすぐにわかった。
「え、でも、確かに淳くんの声、だし…」
青ざめたまま固まっている彼に、私の声は少しずつ小さくなっていく。
背中に氷水を浴びせられたような感覚がした。
私の指先が、小刻みに震える。
と、その手に暖かくて大きな彼の手が重なった。
「…今日、凛の家行っていい?」
「いつも何時ごろにかかってくるの?」
幸か不幸か、私は一人暮らしなので淳くんに家に来てもらった。
「えっと…九時過ぎ、かな」
そう言った途端、着信音が鳴り響く。
徐々に体の震えを感じる。
淳くんの方を見ると、すかさずスピーカーフォンにして、私のスマホを床に置いた。
「も、もしもし?」
私はできるだけ自然に受け答えをしようと試みる。
『…もうバレちゃったか。』
その一言に、向こうは淳くんの存在を知っていると確信する。
淳くんは相手に言った。
「お前は誰だ」
『ふ、あははっ……残念だったねぇ。淳君』
ブツッ
音を立てて、通話が切れた。
膝の上に乗せた拳に、力が入らない。
息が上手く吸えなくて、喉がヒューヒューと音を立てる。
「っ、凛」
私の様子に気づいて、淳くんは私を抱き締めてくれた。
この、この温もりが。
この温もりすらも疑ってしまう自分に、酷く嫌気がさした。
何日も、何日も何日も。
毎晩鳴り響く着信音が恐ろしい。
淳くんは固定電話にかけてくれるから、区別がつかない訳じゃない。
それが唯一の救いだった。
落ち着くためにと淹れたココアに手を伸ばしたその瞬間、呼び鈴が鳴った。
ゴト、と鈍い音を立ててマグカップが床に落ち、白い絨毯に染みをつくる。
恐る恐る覗き穴から外を見ると、そこにいたのは淳くん。
ほっとしてドアを開けようとすると、またスマホの着信音が響いた。
飛び上がって慌ててドアを開け、そこにいた淳くんに抱きついた。
「もう大丈夫だよ」
そう言った彼に、着信音の止まない携帯を見せると。
今度は固定電話が鳴り始めた。
「えっ…!?」
どうしよう、淳くんと彼の腕を掴むと、その手に握られたスマホに気づく。
そこに表示されていたのは、私のスマホとの通話画面。
そこで、初めて気がついた。
君の、その目の下のほくろは。
左側にあったよね?
「あ」
私が凝視するほくろに、彼は自分の指で触れる。
「間違っちゃった」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。