毎日、昼休みの売店前は勝つか負けるかの戦場だ。
男女が我先にと入り交じり、機動力に優れた生徒たちが人気商品を勝ち取っていく。
そんな中、花岡美鳥は周囲の勢いに負けて、人垣の外側で立ち尽くしている。
学生集団の波が穏やかになるのをしばらく待ってから、美鳥は余っていたいちごジャムパンを購入した。
学校の売店のパンはどれもおいしいから、昼食を手に入れられただけ、十分かもしれない。
6月の中盤にさしかかり、雨上がりの土の匂いが廊下の窓から入り込んでくる。
美鳥は高校3年生。
5月でソフトテニス部を引退して、いよいよ受験勉強というものに向かっていかなければならない。
ため息が出そうになるのをぐっとこらえ、パンの袋を片手に教室へと向かう。
その途中の廊下でふと顔を上げた時、男子生徒2人組とすれ違ったことに気付いた。
美鳥と同級生の、砂川風馬と乾睦月。
特に睦月は、この学校で知らない人はいないであろう有名人だ。
いつものように、美鳥は睦月の姿を目で追った。
美鳥は、入学直後から彼らのことを知っているが、クラスも違えば、話したこともない。
漫画やアニメ、ゲームなどの二次元コンテンツが大好きな美鳥は、中でも知的で爽やかなイケメンを理想のキャラクターとしている。
まるでその二次元から飛び出してきたかのように、睦月は美鳥が好きな王子様像にぴったり当てはまるのだ。
色白で、細身で引き締まった体、栗色のショートヘアが風でさらりと揺れている。
引退前のバスケットボール部では、軽々とした身のこなしを見せていた。
睦月に一目惚れした美鳥は、入学式以来ずっと思い続けているのだが――。
美鳥は、昔から人見知りが激しく引っ込み思案。
勇気を出して睦月に話し掛けることが、できないでいた。
睦月には、校内にファンクラブが存在し、どこにいても女子からの視線が絶えない。
本人はそれほど気にする様子もないが、告白されても全て断っているらしい。
「大本命がいるのでは?」と思われてきたが、最近はそれ以外にも「もしかすると、女子には興味がなくて、砂川風馬のことが好きなのかも?」という噂も立っている。
それほどに、風馬と睦月の2人は、いつも一緒だった。
美鳥がぼんやりと睦月の背中を見送っていると、隣を並んで歩いていた風馬が突然振り返る。
美鳥と目が合うなり、彼は眉根を寄せて、美鳥に歩み寄ってきた。
【第2話につづく】
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。