第22話

デュエット……!?
903
2019/01/03 16:31
最初に入った部屋に戻ると、ユキくんと上野くんがジュースを飲んでいた。

歌ったりはしていないようだ。


「済んだか、すず」
「……うん」


L字型ソファの隅っこに座る。

すると、
「遠慮すんなよ」とユキくんに抱き寄せられた。


(ち、近いなあ!?)


たしかに部屋は窮屈だけど、3人くらいならまだ平気というか。

こんなに詰めなくて大丈夫だよ?


「……独占欲のカタマリだな」


上野くんが小さな声でなにかつぶやいたけれど、雑音にかき消されて聞こえなかった。


「それで。どうなったわけ」
「仲直りできた……!」
「オマエらしいな」
「え?」
「いや。イオリは?」
「イオリくんは――」


部屋にいたイオリくんの姿を思い浮かべながら、「すごく帰りたそうにしてた」と答えた。


マイクを握る気配もなかったし。

今すぐにでも、この部屋から出たいという空気を醸し出していた。


「おおかた久世とファンの3人だけにさせたくないのだろう」と上野くん。


なるほど、イオリくんは付き人として同室してるってことか。

さすがマネージャー。


「せっかくだから歌ってくか」
「…………」
「なんか入れろよ、すず」


(……!?)


ユキくんから謎の機械を差し出される。


タブレットよりは、分厚く重い。

タッチパネル……かな?


使い方もわからなければ、突然すぎて、なにを歌えばいいかわからない。


「いいね」


(上野くんまで……!)


これって凄い状況だよね。

ワンマイのギタリストとベーシストと三人でカラオケなんて、贅沢すぎる。


初カラオケで、ただでさえ緊張するのに、こんなカッコイイ男の子たちが……。

それも、音楽やってる人(つまり、耳がいい!)に聴かれるってなんの試練!?


(……先にユキくん歌って欲しいな)


そんな考えが浮かぶも、ちょっと待てよと考え直す。

上手な人のあとに歌うのは、それはそれで、プレッシャーがのしかかるというか。

ハードルが上がるというものだ。


こ、こうなったら。


「一緒にうたおうユキくん!」
「なにを」
「……なにをだろう?」


2人が共通して知ってる曲ってなんだろう。


「『東京サマーセッション』は、どうかな?」


それは、わたしの大好きな曲だった。

男女それぞれのパートに別れ、会話のように交互にデュエットするのだが。


花火大会に誘ったり、いざ花火大会で照れくさくて手が繋げなかったり……。


とにかく可愛い曲でキュンとする。


それを一緒に歌えたら幸せなのですがどうでしょうかユキくん。


「いいよ」
「ほんと!?」
「東京サマーセッション?」
「うん!……じゃあ、入れるね。曲名で検索したらいいのかな」


タッチパネルの『曲をさがす』アイコンに指を触れた、そのとき。


「待て」


手を握り、操作を止めれた。


(わぁああ……!)


ユキくんの骨ばった手が、自然にわたしの手に重なる。


「どうしたの?」
「入力するのは、覚えてからだ」
「覚える……って。え、いま?」
「ああ」


なんてことだ。

ユキくんの知らない曲を、歌いたがってしまった。


「それじゃあ。違うので、いいよ」


今から覚えるのは、さすがに大変だよね。


「心配すんな。時間はとらせない。一度聴けばいけるから」


それは凄すぎるよ、ユキくん。

わたし何度も家で練習してやっと覚えたのに。


「それじゃ、稲本さん。僕とは『東京ウィンターセッション』歌お」
「え……! 上野くん知ってるの?」


それもまた、さっきと同じ『HoneyWorks』さんのデュエットソングだ。


「ちなみに『ロメオ』『ノンファンタジー』も歌える」
「え……! そうなんだ!」


演奏が好きであって歌うのが好きってわけじゃないと言っていた割に。

実はめちゃくちゃうまかったりする!?


なんとなくイケボそうな雰囲気はプンプンしている。


「ハニワのファンだったりする?」
「姉と妹がな」
「へえ。上野くん、お姉さんも妹さんもいるんだ!」


ロメオは男の子2人のデュエットソングなのだけれど、それがカッコいいのなんの。

ユキくんと上野くんに目の前で歌われたらドキドキ間違いなしだ。


いっそムービーにとって永久保存版にしたい……!


「ロメオ……か。待ってろ。それも今、覚えてやるから」


ユキくんがスマホにイヤホンをさしこみ、曲を確認している。


まさか。


2人とデュエットした上に。

2人のデュエットを見られるということ……?



な、なにこの、わたし得すぎるカラオケルームは!?


いいの?

こんなオ・モ・テ・ナ・シ、受けて。

本当に、いいの――!??


(……心臓もつかな)


曲を入れる前から、胸がドクンドクンと大きく波打っている。


「君に怖い思いさせた、せめてもの償いだ」


――!


「僕たちなりに。お姫様に奉仕させてもらおうか」


(お姫様!?)


「稲本さんのこと奪うつもりで歌うよ」
「なっ……」


今の上野くんの言葉はイヤホンをしているユキくんには届いていない。


「姫、なんて。柄じゃないよ?」
「少なくとも僕にとっちゃ姫だ」
「……っ」


なんかなんか。

クールな上野くんが、とっても甘い件について。


「稲本さん?」
「ハッ……!」


つい、クセで手のひらに『人』を書いて呑み込んでしまった。


「よっしゃ。歌うか、すず」
「もう覚えたの!?」


この日、わたしが

とびきりのオモテナシを受けたことは、ここにいる3人だけのヒミツになりました。

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