第4話

特等席に座るのは
1,528
2019/01/01 01:33
――窓際の一番うしろ


特等席と言われたそこに座ったのは、転校初日の朝にぶつかった赤髪の男の子だった。


「ユキが朝から教室来るなんて、どういう風の吹きまわしー? っていうか、すずちゃんとなんで知り合いなのー?」


斜め前のクセくんから質問されるも、机に顔を伏せて寝てしまった赤髪くんは、なにひとつ答える気がないようだ。


ユキくんって、いうのか。


「ねえ、すずちゃん。なんでユキに話しかけられてたの?」
「えっと。それは――」


昨日の朝にぶつかって、と経緯を話そうとしたとき、教室中から視線を向けられていることに気づいた。


主に、女の子たちからだ。


「久世くんだけじゃなくて由木くんまで!?」
「魔性の女、現る……」


なにやら誤解をされているようだ。

そしてユキくんもクセくん同様モテ男子だというのが伝わってくる。


魔性の女なんて、とんでもない。

男友達は上野くんが初めてですが……?


「まさか、すずちゃん。ユキが推し麺?」


(……なんのハナシ?)


「ウソでしょー。ユキのやつファンサ全然しないクセに……。すずちゃんと、いつ繋がったんだよ」
「な、なにが?」


なにを言われているか理解できていないまま、話を進めないでくれるかなぁ!?


「えー。見に来てくれたんでしょ? ボクらの――」
「久世」


顔を伏せていたユキくんが、すくっと身を起こし、会話に参加してくる。


ただ、クセくんの名前、呼んだだけなのに。


呼ばれたのはわたしじゃないのに。


ユキくんの声、聞こえただけで。


(ドキッとしてしまった)


「すずとは。昨日の朝、偶然会っただけだ」
(……よ、呼び捨て!?)


名前。さらっと、呼ばれちゃったよ。

っていうか覚えてくれてたんだ嬉しい。


「えー? ユキ、昨日朝から来てたの?」


クセくんの口ぶりから、ユキくんが来ていたことは知っているというのがわかる。

先生は『今日も休み』って言っていたよね。

先生さえ把握できていなかったこと、クセくんは把握していたの?


「っていうか。呼び捨てって。仲よさげなんだけどー」
「じゃあ。ミニトマト」
「えー、なにそれ?」
「ナイショ」
「よくわかんないけど。ほんとにそれだけ?」


疑いの目を、なぜか、わたしに向けてくるクセくん。


「そ、そうだよ?」


クセくんが、ニカッといつもの笑顔に戻る。


「なんだー。てっきりライブに来てくれた、ボクらのファンかと」
「ライブ?」
「そうそう。バンド組んでて。けっこー有名なんだよ?」
「バンド……!?」
「他県から遠征して見に来てくれるお客さんも、いるんだけど。てっきり、ユキとそのときに知り合ったのかと思ったよ」


他県から演奏見に来てくれるってすごいなぁ。


「どう?」
「?」
「ボクに、興味わいてくれた?」


バンドかー。全然想像できない世界だ。


「うん!」
「それじゃあ。今度、見においでよ」
「ライブ? またやるの?」
「2、3ヶ月ペースでやってるよー」
「どこで?」
「ビックリするくらい、大きな箱」


(箱? 箱って?)


「……箱の中であるの? ライブできるくらい大きな箱なんて作れるの?」


そんな疑問を口に出したとき。


「……ふっ」


後ろで、ユキくんが、噴き出した。


「わ、笑わないでくれるかな!?」


本気でわからないんだけど。

そんなに笑われること!?


都会では通じるのが常識なの?


「作るわけねえだろ。借りンだよ」
「……借りる?」
「そう。高い金払って借りる。で、チケット売ってその金を回収する」
「チケット……あれ……じゃあ。箱って」
「ライブハウスのこと」
ああ、なるほど。謎が解けたと。

スッキリしていると――。


「待って。いま、笑った?」
「ありえない」


そんな声が聞こえてきた。

そしてクセくんは、黙っている。


「……クセくん? どうしたの?」
「やっぱり、二人、すごーく深い関係なんじゃ」


再び疑いの目を向けてくる、クセくん。


「え、違うよぉ!?」
「わかんないよー。女の子は知らないフリするの、上手だからねえ」


ほんとに、違うのに……!


「アホか。器用に嘘つけるやつじゃねーだろ、すずは」


その通りです、ユキくん。

すぐに顔に出るから、それを抑えるのにタイヘンなのです。


「まあ。うん。そうだよね」


半分くらいまだ疑ってそうなクセくんが、ひとまず納得してくれた。


「と、ところで。チケットは、どうやって買うの?」
「ネットだよ」
「そうなんだ!?」
「最初は手売りしてたんだけど。最近は追いつかないし。近くにいる人だけ買えるのは不公平だし?」
「なるほど」
「まあ。すずちゃんなら、ボクが用意してあげなくもないよー?」
「へ?」


そんなこと、してもらっていいのだろうか。


「楽屋と。それから、打ち上げも。招待してあげる」
「……打ち上げ?」
「うん。ライブのあと、パーッと楽しむやつ」


そんな特別な会に参加する度胸ないよ。

そして、女の子たちが鬼のような顔でわたしを見ているのに、そんな話を続けるのはやめて……?


「やめろ。ここでする話じゃない」


ユキくんが、冷たく言い放つ。


「ハーイ。リーダーにも睨まれてるしね」


クセくんがボソリとなにかつぶやいたけど、聞き取れなかった。


「まあ、チケットは。友達になった記念で、ちゃんと用意してあげるから。おいでよ」
「それって。夜にあるの?」
「うん」
「だったら、厳しいかも……。あんまり遅いとお父さん心配するなら」
すごく、すごく、行ってみたいけれど。


「箱入り? ますますかわいーね」
「そういうわけじゃ……」
「いってもボクたちまだ中学生だから。表向きは解散もはやいよー?」


表向きってところツッコんでいいのかな。


みんな門限何時くらいなんだろう。

わたし、友達と、夜に遊びに出たことってないな。


小さい頃、花火や夏祭りにお父さんと出向いたときは帰りが遅くなったっけ。

そんなときは、帰りの車の中で寝ちゃった覚えがある。


「そーだ。送ってあげる」
「え!?」
「とても信用できる人間を。それでも厳しい?」


信用できる人間って、誰だろう。


「まさか。……オマエ」


神妙な顔つきになるユキくんと

笑顔をキープする、クセくん。


少し沈黙が流れたあと、


「みんなー。席について」


先生がやってきて一時間目の授業が始まり、わたしたちの会話が中断された。
「稲本さーん」
「おべんと。一緒に食べよ?」


昼休み、机の上にお弁当を広げようとしたら女の子から声をかけられた。


茶色いショートボブの、にこにこしている子。たしか、名前は……。


町田まちださん、だよね」
「覚えてくれてたの? 嬉しい! ナナでいいよー」


昨日自己紹介のとき、すごく可愛いなって思った子だ。


「こっちおいでー」


左手を引かれ、右手にお弁当袋を持ち、前の方に移動すると。


「捕獲成功しました!」
「ご苦労」


黒髪ポニーテールの女の子が、机を3つくっつけて待機していた。

あっ、この子は神崎かんざきさん。

大人びた雰囲気の美人さんだ。


ナナが着席して、ひとつ空席が残る。


「……ここに、座っていいの?」
「もち!」


ナナの明るい返事を聞いて、わたしはそこに腰をおろした。


女の子の友達が、できた。

嬉しい……。


「すずは、どこから来たのー?」
「言っても伝わらないような、小さな村だよ」
「村!?……え、村ってあるの?」


そこから説明するのかとあ然としていると、「そりゃあ、あるでしょうが」神崎さんがクールにツッコミを入れた。


「ごめんね。ナナ、バカなの」
「失礼なっ……!」
「でも。悪い子じゃないの。気を悪くしないであげて」
「あ、ひーちゃんが、あたしを褒めた!」


ふふ、と嬉しそうに笑うナナ。


「先生、なんにも説明してなかったけどー。なんで転校してきたの? こんな時期に」
「いきなり込み入ったこと聞かないの」


マイペースなナナと、落ち着いている神崎さん。

ナナは甘えん坊の妹で、神崎さんはしっかり者のお姉さんって感じだ。


「だ、大丈夫だよ。お父さんの仕事の都合で引っ越したの」
「そっかそっかー。よろしくねー!」
「こちらこそ……!」
「それで。さっそくなんだけど」
「うんっ」
「すず、久世くんとユキくんと距離近すぎるよねー」


ナナの声のボリュームが下がり、トーンも低くなる。


「いきなりやってきて囲まれて。あんまり、いい気分に思われてないっていうか」


ナナのトゲのある言葉に返す言葉がなくなっていると、


「誤解しないで。ナナは稲本さんの味方だから。もちろん、私も」


と神崎さんが言ってくれた。


「そうそう。あたしは、いいよー? ワンマイの純粋なファンだし?」


『ワンマイ』――それが、ユキくんたちのバンド名だろうか。


「カレシらぶだし。もちメンバーみんな好きだけど、あくまで音楽が好きって前提で応援してるしライブも行くし」


行ったことあるんだ。
ユキくんたちの、ライブ……!


「でもね。中には過激なのがいるから」


(カゲキ?)


「仲良くするなとは言わないけどー。気をつけた方が、いいよ?」


よくわからないけど、なんだか怖くなってきた。


「わ、わかった」
「だったらいいの!」


ナナがパアッと明るい笑顔になり、声のボリュームもトーンも戻る。


「まあ。なにかあったら、あたしたちが守ってあげるから」
「だね」


ふわふわしているのに、突然ドキリとする雰囲気を作るナナと。

冷静沈着な神崎さん。


心強い友達が、できました。

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