上野くんが去ったあと、ふたたびユキくんと2人きりになる。
奥のテレビ画面には、今話題の注目アーティストが女性からインタビューを受けている映像が流れた。
いつか、ワンマイも。
テレビに出たりカラオケに曲が入ったりするのかな。
今でも、わたしが関われているのが嘘みたいにキラキラした人の集団だ。
クラスの。いいや、学校中の。
そして離れたところに住んでいる女の子までもが彼らに胸をときめかせ。
彼らの音楽に、魅了されている。
なのに、みんなは、もっと上を目指していて。
もっと遠い場所に行ってしまう。
そのとき、ユキくんは。
変わらず傍にいてくれるかな……?
「久世が俺を止めなければ。俺は、あの2人を傷つけていただろう」
「!」
「……いや。もう傷つけたには違いないか」
ユキくんはナナたちに、どんな顔を向け、どんな言葉を発したのだろう。
メジャーデビュー目指すのに揉め事起こしちゃマズイって、イオリくんから口を酸っぱくして言われているはずだ。
それでもユキくんはわたしを守るために、リスクを犯した。
……ナナたちに牙をむいた。
そんなことさせて、いいわけない。
ユキくんは、わたしに、俺のせいで危ない目にあうみたいに言ったけど。
わたしは、わたしがユキくんの足を引っ張っている気がしてならないよ。
それでも。
ワガママかもしれないけど。
――ユキくんと、いたい。
そのために、わたし自身が強くなりたい。
「ネット上に悪意のある書き込みをしたという町田、神崎の証言を得ることができた」
推測が、確信に変わった。
いくら匿名でも個人を傷つける書き込みをしたことはバレると具合が悪いはずだ。
それを素直に証言したのは、やっぱり相手がユキくんとクセくんだからか。
それとも、目の前のユキくんに、従わずにはいられないほどに空気が張り詰めていたのか……。
「心配しなくていい。手荒なことはしていない。……する前に、久世がまとめた」
クセくんがユキくんを止めなければどうなっていたかわからない。
止めてくれて、よかった。
「久世の親父は弁護士なんだ」
「クセくんの……お父さんが?」
「ああ。久世が名刺をチラつかせ軽く挑発したら、青い顔してすべて吐いた」
ナナと神崎さんは、追い詰めれたんだ。
それも。大好きなバンドマンたちから。
純粋なファンでいるうちは、知ることのなかった、彼らの鬼のような一面を目の当たりにしたのだ。
自業自得とはいえ、聞いていて気分のいいハナシではない。
だけど。
(わたしが、狂わせたの?)
わたしが転校してきたから、彼女たちも、ユキくんも、鬼になってしまったの?
「今、クセくんが歌ってるのは……どうして?」
「守ってる。カラダ張って」
(……え?)
「『ボクが君たちに忘れられない時間を提供してあげるから、すずちゃんをワンマイの仲直として。そして由木の恋人として認めてあげてくれないかな』と。頼んでいた」
クセくんは――きっと、これまでも。
なんともないフリして、そうやってバンドを守ってきたんだ。
だから、会話するよりもピアノ演奏の方が頭を使わないって言ってたんじゃないかな。
「結成当初からのファンだから。何度も励まされたこと覚えてるから、できれば大切にしたいんだと」
ナナたち、そんなに前からワンマイのこと応援してたんだ……。
「行くか?」
ユキくんの問いかけに、頭を縦に振った。
クセくん一人に任せるのは申し訳ないし、なにより、わたしからも話がしたい。
行けば、波風立てるかもしれない。
わたしからの言葉なんて聞きたくないかもしれない。
それでも、伝えたいことがある。
「うん」
「そうか。……俺は、やめておく。今また町田たちに会うと沈めた怒りが湧き上がりそうだから」
(ユキくん……)
「これまで、なんでも要らないものは切り捨ててきた。毒や膿は取り除くのが一番だと考えてきた。だけど久世は違う。どんな人間とも、うまい付き合い方を知っている」
「…………」
「俺、上野のとこにでもいる。帰りは送るから。済んだら来い」
「わかった。行ってくるね」
「すず」
真剣な顔したユキくんと、視線が合う。
「俺も。すずといられて幸せだ」
突然、どうしたのって。
顔が熱くなってきたとき。
「さっきは弱音吐いた。すまない」
ユキくんも、わたしと同じ気持ちだってことが伝わってきて。
「出逢わなければよかったなんて……考えてない。離したほうがオマエのためだって言われても離せないくらいには、必要になってる」
その言葉が、わたしの不安を取り除いてくれる。
わたしの未来にユキくんがいるのだと、嬉しくなる。
「……離さないで」
「ああ」
「すき。ユキくん」
ナナたちと話し合い、してくるね。
そのあとは。
笑って、手を繋いで歩けたらいいなと思うよ。
「つーか。久世と、イオリだけでなく。上野までオマエのトリコかよ」
「え……」
「心配ごとは、尽きないな」
「……!」
「もっと。いい男になってみせる」
(十分いい男だよ……!)
「いっ……イッテキマス!」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。