「迷子の子猫は童謡だけにしてもらいたいものだねぇ」
靴箱に向かうと、イオリくんが壁にもたれかかり待ち構えていた。
呆れ顔でわたしをまっすぐ見てくる。
「ごめんなさい……」
「世話のかかるヤツ」
突然、グッと押し付けられたのは――。
「わたしの、鞄……」
「ついでにそれも」
視線を下ろした先には、わたしのスニーカーがきちんと並べられていた。
「まさか……鞄と靴、イオリくんが見つけてくれたの?」
「まったく。こんな役回り、二度とゴメンだよ」
不機嫌に眉をつり上げるも、一生懸命探してくれたのだと思うと、感謝の気持ちで溢れてくる。
「ありがとう……!」
「お礼なんていらないから。しっかりしてよ」
「久世から連絡が入った」上野くんがスマホを確認しながら、小さくつぶやいた。
「商店街にあるカラオケ店に、由木が入ったとのことだ」
(そこに、ナナたちも……?)
「りょーかい」
イオリくんが、先に昇降口から出ていく。
「僕たちも、向かおう」
「うん……!」
靴を履き替え、同じ場所を目指した。
「違和感ならあった」上野くんが、囁く。
わたしは、急ぎ足の上野くんについて歩く。
「今回の炎上。そもそもに“誰が煽ったか”について考えてみた」
(煽った……?)
「由木や久世と教室で親しげにしている程度では、ここまで君は叩かれていなかった」
その言葉で、SNSや掲示板の悪口がエスカレートしているのだと察した。
「悪意のある書き込みを見つけた。その書き込みは、早い段階で投下されている」
呑み込めないでいると、「つまり」上野くんが続けた。
「荒らしている――ファンに稲本さんに敵意を向けるよう目論んでいるのは――少なくとも稲本さんを知っている人間だと考えると、辻褄が合うんだ」
「わたしの身近な人間だから。……誰よりも噂を早く流せた?」
「そのとおり。あのとき現場にいた人間しか知り得ない情報――『由木くんから俺の女と言われたS.I』なんてものを推測でなく確信を持って書き込んだ人物がいた」
S.I……“稲本すず”
「僕らのクラスメイトか。あるいは、そいつと繋がっていて情報を共有できる人間だ」
それでナナたちを疑ったんだね。
でも……。
容疑者をナナと神崎さんに絞れる?
「わたしのこと嫌ってそうな人たちなら、他にいたよね」
「根拠なら。まだある」
上野くんは、言った。
書き込みの中には、わたしが思わせぶりな態度をとっているというものがあり。
それが、炎上に繋がったと。
「僕が目をつけたのは、『本命いるのに久世くんで遊んでる』という書き込み」
「!」
「たしかに久世は、稲本さんにアプローチしてて。それは周りから見ても明白だ。でも、君は久世で遊んでいるだろうか」
「そんなつもり、ないよ」
わたしは、クセくんをフッた。
クセくんの気持ちは嬉しいけど、応えられない。
それはクセくんだってわかってくれている。
「その通り。クラスメイトだって、君が久世で遊んでいるとは考えていない。多くは『久世のお気に入り』『由木くんとも喋ってるし羨ましい』程度に君を認知している。会話を横から聞いているだけじゃ、遊んでいるような口ぶりなのは久世の方だとわかる。君を誘ったあとに別の女の子に可愛がってやる、なんて言っていただろう?」
(あ……)
「あれが久世のキャラだ。それはファンも知っている。だから女子関係で波風が立ちにくい」
「…………」
「そんな久世が本気になったってこと。それが稲本さんだということ。だけど稲本さんには本命がいることを知っている人間は、そう多くはないんじゃないか?」
「うん」
「そうなると。君のもっとも近くにいて相談を受けていた女子が、悪意持って流したのだと僕は踏んだ」
「…………」
「噂というのは、流れるうちにもっと捻じ曲がっていくものなんだ。憶測や個人の感情を混じえて。なのに、どういうわけか事実が消えない。イオリと僕で鎮火しようとしても、確信を持って“何者”かに反論された。それは」
その続きは、言われなくてもわかった。
「ナナたちが。わたしを恨んで……書き込んでいるから」
「そうさ」
カラオケ店の前に、やってくる。
「長々と話したが。なにより町田さんと神崎さんはワンマイの熱烈なファンだ。それが君をハナから歓迎していたこと自体。僕からすれば、いささか奇妙だったんだよ」
嬉しかったのに。
クラスに女の子の友達が、できて。
「……お弁当誘ってくれたときも。味方だよって言ってくれたときも。すごく、嬉しかったのに」
「やっぱり帰った方がいいんじゃないか」
そっと、肩を抱えられる。
「稲本さんが辛そうなところ。これ以上、見たくない」
(上野くん……)
唇を、ぎゅっと、噛みしめ。
「……行こう!」
上野くんから離れ、先に一歩、踏み出した。
「本当に、いいのか」
真剣な表情で、上野くんが見つめてくる。
「わたしが行かなきゃ。解決しない気がする」
たとえ歪んでいても、ナナたちの抱いている、ワンマイへの想いが本物なら。
「わたしのことを認めてもらいたい。それで、また仲良くできたら、なんて思ってる」
「騙され。あんな怖い目にあったのに?」
「わかり合えたら、一番嬉しい」
「……本当に君は」
フッと呆れ笑いした上野くんが、わたしに歩み寄ってくる。
「守るから」
「……!」
「君がなにかされそうになったら。そのときは、力づくで君を連れ去るからそのつもりで」
「っ、」
「じゃあ。行こう」
――そのとき、上野くんが……。
「どうした?」
「……ううん!」
姫を守る騎士みたいに見えて仕方なかったのは、ナイショです。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。