第17話

騎士〈ナイト〉
956
2019/01/02 00:31
「迷子の子猫は童謡だけにしてもらいたいものだねぇ」


靴箱に向かうと、イオリくんが壁にもたれかかり待ち構えていた。


呆れ顔でわたしをまっすぐ見てくる。


「ごめんなさい……」
「世話のかかるヤツ」


突然、グッと押し付けられたのは――。


「わたしの、鞄……」
「ついでにそれも」


視線を下ろした先には、わたしのスニーカーがきちんと並べられていた。


「まさか……鞄と靴、イオリくんが見つけてくれたの?」
「まったく。こんな役回り、二度とゴメンだよ」


不機嫌に眉をつり上げるも、一生懸命探してくれたのだと思うと、感謝の気持ちで溢れてくる。


「ありがとう……!」
「お礼なんていらないから。しっかりしてよ」


「久世から連絡が入った」上野くんがスマホを確認しながら、小さくつぶやいた。


「商店街にあるカラオケ店に、由木が入ったとのことだ」


(そこに、ナナたちも……?)


「りょーかい」


イオリくんが、先に昇降口から出ていく。


「僕たちも、向かおう」
「うん……!」


靴を履き替え、同じ場所を目指した。


「違和感ならあった」上野くんが、囁く。

わたしは、急ぎ足の上野くんについて歩く。


「今回の炎上。そもそもに“誰があおったか”について考えてみた」


(煽った……?)


「由木や久世と教室で親しげにしている程度では、ここまで君は叩かれていなかった」


その言葉で、SNSや掲示板の悪口がエスカレートしているのだと察した。


「悪意のある書き込みを見つけた。その書き込みは、早い段階で投下されている」


呑み込めないでいると、「つまり」上野くんが続けた。


「荒らしている――ファンに稲本さんに敵意を向けるよう目論んでいるのは――少なくとも稲本さんを知っている人間だと考えると、辻褄つじつまが合うんだ」
「わたしの身近な人間だから。……誰よりも噂を早く流せた?」
「そのとおり。あのとき現場にいた人間しか知り得ない情報――『由木くんから俺の女と言われたS.I』なんてものを推測でなく確信を持って書き込んだ人物がいた」


S.I……“稲本すず”


「僕らのクラスメイトか。あるいは、そいつと繋がっていて情報を共有できる人間だ」


それでナナたちを疑ったんだね。

でも……。

容疑者をナナと神崎さんに絞れる?


「わたしのこと嫌ってそうな人たちなら、他にいたよね」
「根拠なら。まだある」


上野くんは、言った。

書き込みの中には、わたしが思わせぶりな態度をとっているというものがあり。

それが、炎上に繋がったと。


「僕が目をつけたのは、『本命いるのに久世くんで遊んでる』という書き込み」
「!」
「たしかに久世は、稲本さんにアプローチしてて。それは周りから見ても明白だ。でも、君は久世で遊んでいるだろうか」
「そんなつもり、ないよ」


わたしは、クセくんをフッた。

クセくんの気持ちは嬉しいけど、応えられない。


それはクセくんだってわかってくれている。


「その通り。クラスメイトだって、君が久世で遊んでいるとは考えていない。多くは『久世のお気に入り』『由木くんとも喋ってるし羨ましい』程度に君を認知している。会話を横から聞いているだけじゃ、遊んでいるような口ぶりなのは久世の方だとわかる。君を誘ったあとに別の女の子に可愛がってやる、なんて言っていただろう?」


(あ……)


「あれが久世のキャラだ。それはファンも知っている。だから女子関係で波風が立ちにくい」
「…………」
「そんな久世が本気になったってこと。それが稲本さんだということ。だけど稲本さんには本命がいることを知っている人間は、そう多くはないんじゃないか?」
「うん」
「そうなると。君のもっとも近くにいて相談を受けていた女子が、悪意持って流したのだと僕は踏んだ」
「…………」
「噂というのは、流れるうちにもっと捻じ曲がっていくものなんだ。憶測や個人の感情を混じえて。なのに、どういうわけか事実が消えない。イオリと僕で鎮火しようとしても、確信を持って“何者”かに反論された。それは」


その続きは、言われなくてもわかった。


「ナナたちが。わたしを恨んで……書き込んでいるから」
「そうさ」


カラオケ店の前に、やってくる。


「長々と話したが。なにより町田さんと神崎さんはワンマイの熱烈なファンだ。それが君をハナから歓迎していたこと自体。僕からすれば、いささか奇妙だったんだよ」


嬉しかったのに。

クラスに女の子の友達が、できて。


「……お弁当誘ってくれたときも。味方だよって言ってくれたときも。すごく、嬉しかったのに」
「やっぱり帰った方がいいんじゃないか」


そっと、肩を抱えられる。


「稲本さんが辛そうなところ。これ以上、見たくない」


(上野くん……)


唇を、ぎゅっと、噛みしめ。


「……行こう!」


上野くんから離れ、先に一歩、踏み出した。


「本当に、いいのか」


真剣な表情で、上野くんが見つめてくる。


「わたしが行かなきゃ。解決しない気がする」


たとえ歪んでいても、ナナたちの抱いている、ワンマイへの想いが本物なら。


「わたしのことを認めてもらいたい。それで、また仲良くできたら、なんて思ってる」
「騙され。あんな怖い目にあったのに?」
「わかり合えたら、一番嬉しい」
「……本当に君は」


フッと呆れ笑いした上野くんが、わたしに歩み寄ってくる。


「守るから」
「……!」
「君がなにかされそうになったら。そのときは、力づくで君を連れ去るからそのつもりで」
「っ、」
「じゃあ。行こう」


――そのとき、上野くんが……。


「どうした?」
「……ううん!」


姫を守る騎士ナイトみたいに見えて仕方なかったのは、ナイショです。

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