どのくらいの時間がたったろう。
たぶんまだ、そんなに経過していない。
このまま誰にも気づかれずに夜になってしまうのかな……。
不安で感覚が狂っているせいか。
一分、一秒が、とても長く感じる。
(……暑い)
閉め切られた部屋には熱がこもっている。
――カチャカチャ
(なにか、聞こえる)
――ガラッ
(扉が、開いた……!?)
誰か、きたの?
でも。誰が?
見えないって。
こんなに怖いことだったんだ。
手首に、触れられる。
(やだっ……!)
「ん……んんっ……!」
暑いのに、ガクガク震えてきた。
「怖がらないでいい」
その、声……。
「今、ラクにするから」
「…………」
カチッ
ブラスチックにハサミで切り込みを入れるような音がした直後、手首が解放される。
足首も同様に自由になり。
まもなく噛まされた布が、外された。
ぷはっと大きく息を吐き、吸う。
最後に目隠しを外され、目の前にいたのは――。
「もう、大丈夫」
上野くん、だった。
「どうして。ここに……」
「こんなことを言うと気を悪くさせてしまうだろうけど、僕はあの子たちのことを疑っていた」
(ナナと、神崎さんのこと……?)
「谷繁先生に『すずが早退した』と伝えていたのを見て、それが嘘だとピンときた。もっとも。2人は上手くやり過ごしたつもりでいるだろうが」
ナナたち、どんな気持ちでそんな嘘ついたのかな。
わたしなんて居なくなればいいと思ってるの?
優しくしてくれたのは、全部、わたしを油断させるため……。
「稲本さんが心配だったのは僕だけじゃない。由木も、久世も。それから谷繁先生も、イオリだって」
「みんなが……」
「稲本さんが言いつけを破るとも、由木にひとこともなしに帰るなんてことも考えにくい」
(信じてくれたんだ)
「そのとおり、だよ。一人になるなって言われたのに勝手な行動とりたくないし。ユキくんに送り迎えしてもらう約束してるのに、なにも言わずに帰るわけない」
「だからこそ。2人が嘘をついてると確信した」
「あ……」
ナナたちは、知らない。
わたしがマンマイのメンバー全員と仲間関係にあり。
メンバーたちで、わたしを過激なファンから守ろうと話し合ったことを。
「君の鞄は、教室に見当たらなかった」
「え?」
そんなわけない。
机の横に、かけているはずだ。
「外靴も。靴箱になかった」
「鞄と靴が……?」
「だから、2人の言葉を谷繁先生はあからさまに皆の前で疑うことはできなかった。心の中では怪しんでいても」
「一体どこに……」
「それは、まだわからないが。おそらくは帰ったように偽装されたのだろう」
(私物を隠された……?)
「僕は校内のどこかに稲本さんがいて。助けを求めてる気がした」
いつも冷静な上野くんが、ものすごく怒っているように感じる。
声のトーン、表情こそ変わりないけれど、少し早口になっているからだろう。
汗をかいているのは、校舎を走り回ってくれたの……?
「迂闊だった。まさか、掃除の時間にやられるなんて」
「ありがとう」
「え?」
「……わたしのために。そんなに必死になってくれて。ありがとう」
上野くん、責任感じてるのかな。
ワンマイのリーダーとして、ファンが、わたしにこんなことしたから。
だとしたら、上野くんは、なんにも悪くないのに。
「助けに来てくれて、嬉しかった」
「……痛かったろ」
「!」
手首に結束バンドの跡が赤く残っている。
その上を、そっと上野くんに撫でられた。
「あ、明日には……きっと治るよ?」
心配され、触れられただけなのに。
妙に照れくさく感じてしまうのは。
切なげに目を伏せる上野くんがドキッとするような顔をしたからだ。
「由木のファンは、特に過激なのが多い。だからこそイオリも警戒してる」
「……そう、なんだ」
「こんな目に合っても。まだ由木といたいか?」
――!
「ユキくんは……どこ?」
わたしから視線をはずす、上野くん。
(なにか隠してる?)
「……いたいよ」
ユキくんと、いたいよ。
「稲本さんならそう言うと思った」
なぜか、悲しげに、笑う。
なんでそんな顔するの……?
「そんなに由木が好きなんだ?」
「うん」
「出逢ったタイミングも。過ごした時間も、そう大差ないのに」
(え……)
「僕じゃダメなんだ」
――上野くん?
「あの久世が本気になる理由、痛いほどわかるよ」
「…………」
「立てる?」上野くんに支えられ、立ち上がると資料室を出た。
「もう、一人で立てるよ?」
「わかった」
上野くんが、わたしから離れる。
ドクン ドクン
【僕じゃダメなんだ】
(さっきのって……)
「稲本さん」
「はいっ」
「由木は。町田さんと神崎さんを追った」
(追った……!?)
追ったって、どこまで?
……ううん。
追って“なに”をするつもり?
「久世がついてった。止めようとして」
「ユキくんを止める?」
「キレた由木は、正直なところ。手におえない」
「え……」
「きっと、止まらないだろう」
ナナたちに。なにかするってこと?
「追いかけなきゃ……!」
「ひとまず僕が稲本さんを家まで送る」
「なんで」
「見たくないものを見ることになるかもしれない」
いいよ。
それでも、由木くんを追いかけたい。
「わたしも、連れていって」
「…………」
「お願い」
数秒見つめ合ったあと、上野くんが囁いた。
「わかった。行こう」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。