第3話

委員長の上野くん
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2019/01/02 06:07
全校集会のあと、夏休みの課題が回収され、解散の合図が言い渡された。


――放課後


「稲本さん」


わたしの席にやってきたのは、委員長の上野くんだった。


「このあと時間ある?」
「うん」
「それじゃあ。校舎案内するよ」
「ほんと?」
「きちんと把握しておいた方が君も安心だろ」
「ありがとう……!」


ポーカーフェイス(まるで表情が読めない)な上野くん。

先生から頼まれて仕方なくって感じなのかな?


「あー、イインチョ。それならボクがやるよ?」


女の子を両隣に連れたクセくんが横から声をかけてくる。

女の子たちは不満げな表情を浮かべていて、そんなことより私にかまってという感じだ。


「……いいや。これは僕が谷繁先生から引き受けた仕事だ」
「とかいってー。すずちゃんと二人になりたいんでしょ?」


ま、またへんなコト言うんだからクセくんは……!


「行こう、稲本さん」


クセくんをスルーして歩き始める、上野くん。

クセくんと、仲、あんまりよくないのだろうか。

それとも誰に対してもこんなにクールなの?


「う、うん! また明日、クセくん」
「バイバーイ。上野に襲われないように」
「……そんなことにならないよ!」
「あはは」
「みんな学校終わったら一目散に帰っちゃうんだ」


教室から流れるように出てくる生徒たちの群れをみて、つぶやく。

ヒトリゴトだったのに、


「明日から午後まで授業の日が続くから。今日は遊びたいんじゃないかな」


会話を拾ってくれた上野くん。

相変わらずのポーカーフェイスだし、その言葉にどんな気持ちが込められているかわからないけれど、意外に話しやすい人なのかもしれないと思った。


「遊ぶって。なにするの?」
「色々。さっき隣の女子はカラオケ行こうとか話してたけど」


(カラオケ……!?)


「え、学校帰りに? そんな楽しみもあるんだ!」
「僕は行ったことないから、よく知らないけど」
「わたしも。……行ってみたいなぁ」


そのためには、なによりも、友達作らなきゃだよね。

でも、キラキラした女の子たちに、どうやって近づけばいいの……?


「クセくんとの関係を勘違いしてる子たちからは恨まれてそうだなー」
「そのことなら。放っておけば、誤解も解けるだろう」
「そう?」
「久世は息を吐くように女子を口説く。口から出る言葉は信用ならない。適当に相づち打つか、無視でもしていればいい」
「な、なるほど」


だから、上野くん、さっき全然相手にしていなかったのか。


「……歌うの好き?」
「え?」
「さっきの自己紹介からして。とてもじゃないけど、人前で歌える風には見えなかった」


ああ、それは、違うよ上野くん……!


「好きだよ。たしかに、あがり症だけど。仲良い子の前ではそんなことないの。噛まないし、どんどん話せちゃうし……!」
「じゃあ。僕は、仲良くなれたってことか」
「……へ?」
「そう思っていい?」


――上野くんが、笑った。


わたしを見て微かに口角をあげ、目を細め、上品に。


眼鏡の奥の上野くんの瞳はキラキラしている。


(うわぁ……! こんな風に笑うんだ!?)


「もちろん。仲良くしてもらえると嬉しい!」
「こちらこそ」
「短い間ですが。よろしくお願いします!」
「短い間?」


不思議そうに聞き返される。


「え、だって。卒業までの……」


半年ほどしか、クラスの子たちとは過ごせない。


「そうか。君は、谷繁先生から聞いていないのか」
「……?」


なんの話だろう、と思っていると、上野くんが続けた。


「僕の受験校、君と同じなんだ」
「そうなの?」
「だから。春からも一緒」
「そっか……!」


学年一位なのに、もっと進学校を目指さないのかな。という疑問が生じたけど、余計なお世話かなと思って聞くのをやめた。


「今から仲良くなって、これから先も繋がれる生徒は少なくないはず」


上野くんの言葉に、友達作りをする勇気が湧いてきた。
音楽室、理科の実験室、移動教室で使う講義室、立入禁止の屋上に続く階段。


保健室に、放送室に、購買部。


「体育のときは、3組と合同で。女子は3組で着替える。……ざっとこんなもんかな。迷いそうなら、誰かにその都度案内してもらって。僕に声かけてくれてもいいし」
「覚えたよ!」
「……へえ。記憶力いいんだ」
「唯一の取り柄、かな」


どこになにがあるかは、把握した。

それでも、さっきからずっと、ひとつの疑問が頭の中にある。


――赤髪くんが、いない。


全校集会なら1年生から3年生までいるはずなのに、体育館には、赤い髪をした人はいなかった。


いれば、目立つから、ひと目でわかるはずだ。


「どうしたの?」
「え……」
「なんだか腑に落ちないって顔、してるから」


(上野くん、鋭い……!)


「なんでも聞いて」


そうは言われても。

個人的に気になる男の子について、聞いていいものだろうか……?
「えっ……と。たぶん、3年生だと思うんだけど」


背が、高かったから。


「赤い髪の男の子、いるよね」


わたしの言葉に上野くんが目を見開く。


「あ、あれ。いない?」


まさか今朝出逢ったのは幽霊……?

でもぶつかったから実体はあったはずだよね!?


「……どうして知ってるの」


ということは。
やっぱり、赤髪くんは、いるんだ。


神出鬼没しんしゅつきぼつなのに」
「そうなんだ……!」


だから全校集会には顔を出していなかったんだね。

それじゃあ。

次に会えるのは、いつになるか、わからないのか。


……そう思うと、胸がキュッと苦しくなった。


なにこれ。

なんでこんなにガッカリしてるの?


「今朝。少しだけ、話したの」
「話した? あいつと……?」


眉間にシワを寄せる、上野くん。

いま。……“アイツ”って呼んだ。


ということは、知り合いなの?


イロイロ聞いてみたかったけれど、上野くんがそれ以上のことは話さなくて。

なんとなく、聞きづらくなって、赤髪くんのことは聞けなかったんだ。


だけど――。


「出席をとる」


翌朝、SHRで。

先生が点呼をとっていたときのことだ。


由木ゆきは。今日も、いない……と」


昨日は、気づく余裕なかった。

欠席しているクラスメイトの存在に。


空席は、クセくんが特等席、と言っていたウシロだけ。


今日“も”いないって先生の言葉と。


【神出鬼没なのに】


昨日の上野くんの言葉がリンクする。


(まさか……ね?)


そんな都合のいい展開。

あるわけ……。


――ガラッ


教室の引き戸が開く音がした。


前は閉まったまま。つまり、後ろから誰かが入ってきた。


「……訂正。由木、ギリギリセーフ」
「えー。タニセン甘くない?」


谷繁先生の判断に不満を漏らしたのは、クセくんだ。

ただし、言葉とは裏腹に、なんだか嬉しそうにハニカんでいる。

たいして気持ちは込めずに言ったのだろう。


って……。


「おはよー、ユキ」


教室に入ってきた男の子を見て、あ然とする。


クセくんの挨拶に返事もせずにうしろの席の椅子を引いたのは――。


「あ。オマエ、席そこになったのか」


――あの、赤髪くんだったのです。

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