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「圭太……手」
握りっぱなしの圭太に、それとなく訴えてみる。
「あ、ああっゴメン」
慌てて手を離す圭太。
「嫌、じゃないけど別に……」
「えっ?」
圭太の表情が、変わる。
「痛かった」
「あ、ああ……そういうこと?!」
――――なんかぎこち、ないや。
でも、まぁいっか。
「ねぇ。圭太、聞いてくれる?」
「何を?」
「私がお肉を食べられなくなった理由……」
唐突だけど。
「今は、ちょっと、混乱、してるから。今すぐ、じゃなくて良いから……」
「ああ」
小さく答えて、圭太はこっちを真剣な瞳で見つめて。
「聴きたい。俺も。凛花がそうなった理由」
「あと」
急に。
「俺の話も聞いて貰って良い?」
「?」
唐突な逆提案に、私はまだぼんやりした頭で圭太の言葉を受け流す。
「俺さ。さっき凛花が死にかけて思ったんだ」
「……うん?」
「俺、お前のこと好きかもしれない」
「…………えっ」
「えって何その反応」
「嘘…」
「嘘、じゃないよ。さっき自覚したし、なんていうか急過ぎてうまく言えないけど……」
圭太の私をみつめる瞳が、凛と見開かれてる。
無造作にくしゃくしゃっとなったいつもの横髪も、今は静かに息を潜めてるみたいに見える。
「だから、お前の話………聞くよ。っていうか聴きたい」
その言葉に、胸が詰まる。
助けてくれたこと、本当にどうしようもなく有難くて。
心配して、あの時私について来てくれたことも、肉を食べられなくなった私のことを、前から気にかけてくれてたのも嬉しかったから。
圭太は無邪気で、背も高くて。雰囲気も割と好きな感じだから。
前から良いな、と思ったことはあったけど。
私なんて、対象外だって思ってた。
同じ部活の“仲間”だから、仲良くしてもらえてるんだってーーーーー
「急にこんなこと言って、混乱させてたら、ゴメン」
目を逸らす圭太に。
「ううん……」
何て。告げたら良いんだろう。こういう時って……
素直に言ったら良いのかな。
「嬉しい……」
って、告げてみる。
「凛花」
どことなく、目が合う。
何だか急にくすぐったい様な、恥ずかしい様な気分にお互いなって。
訳もなく二人で、ちょっと笑った。
何から話して、何から始めれば良いんだろう。
何も分からないけど。
あの不思議な夢と、私が視た景色と、そしてまだ私がいのちを繋いでもらってここに生きていることと。
全部、繋がっているのかな。
その日、私は初めて病院に泊まって。
隣で一緒に居てくれた圭太と、こっそり生まれて初めてキスをした。
これから、どんな未来を描こう?
たっぷりパパとママに叱られたけど。
波に飲まれたのは怖かったけれど、あれから暫くして圭太と私は付き合うことになった。
お肉を食べられないことも、“食べたくない理由”も、少しずつだけど圭太も理解してくれ始めたみたい。
(僕たちは、人間にテレパシーを送ることにした)
あの話……本当だったのかな?
って、今でも時々考えるの………
海は、あの日から私にとって命を落としかけた恐怖と、圭太と付き合い始めたきっかけのしあわせな思い出と、2つの“思い出の場所”になった。
そう。これは、まだ世の中で“動物”を食べる事が当たり前だった頃のお話―――――――――――
(終わり)
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!