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第1話

人は見た目によらないもの
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2019/02/03 10:49

春が終わりに近づき、初夏の匂いすら感じる5月の夕方。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
(明日からは部活の練習時間も長くなるし、頑張らなきゃなー)

保坂ほさかあずみは、部活の仲間と別れ、帰宅している途中である。


ダンス部に所属する彼女は、練習で使う曲を1つ思い出し、鼻歌を歌い始めた。


すると、通りかかった本屋から、見覚えのある人影が出てくる。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
あ、副島そえじまくんだ
副島 史哉
副島 史哉
……ほ、保坂さん?

出てきたのは、あずみのクラスメイトである男子生徒・副島史哉ふみやだった。


物静かな性格で、いつも独りでいる。


誰かと話しているところをほとんど見たことがない。


そんな彼を、あずみは幼い頃から知っている。


実は、あずみの家の2軒隣りに、彼が住んでいるのだ。


大して仲良くはないが、挨拶を交わす程度の関係性はある。


家が近いため、そそくさと先に帰るのもはばかられ、あずみは思い切って史哉に話しかけた。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
どうせだし、一緒に帰ろうよ
副島 史哉
副島 史哉
えっ……お、俺と?
保坂 あずみ
保坂 あずみ
うん。
他に誰がいるの

まるで住む世界の違う人間を前にしたかのように、史哉は目を泳がせたが、数秒後に頷いた。


おとなしい史哉とは対照的に、あずみは校内でも名の知れた派手な格好のギャル。


ただし、勉強でも部活でも成績を残しているので、それほど問題児扱いはされていない。


あずみはふと、史哉が手に持っている紙袋を見た。


大きさからして、単行本が1冊、入っているだろう。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
副島くん、本が好きなの?
副島 史哉
副島 史哉
……うん

史哉は頷き、紙袋の封を開けて中身を取り出した。


人気のある男性作家の新作小説だ。


彼のミステリー小説なら、あずみも過去に数冊読んでいる。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
その作家の本、読んだことあるよ。
おもしろいよね
副島 史哉
副島 史哉
そうなんだ!
俺はこの先生の大ファンで……。
何の本を読んだことある?
保坂 あずみ
保坂 あずみ
えーっとね……

あずみは、思い出せる限りのタイトルを伝えた。


それから、たくみなミスリードや驚きの展開などについて話していると、史哉の表情が少しずつ柔らかくなっていく。


近くに住んでいるのに、こうして話に花を咲かせたのは、これが初めてだ。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
(副島くんって結構しゃべるんだ……)

史哉が暗い性格だというのは、あずみの一方的な思い込みだった。


おもむろに、あずみは史哉の方を見た。


すると、史哉もあずみを見つめ返す。


何か言いたそうな表情だ。
副島 史哉
副島 史哉
保坂さんって、本を読むんだ……
保坂 あずみ
保坂 あずみ
なっ……失礼な! 読むわよ!

ギャルだって、読書くらいする。


外見で相手を判断してしまうのは、史哉も同じだったらしい。


それがおもしろくて、あずみが笑っていると、史哉は頭をきながら申し訳なさそうに頭を下げた。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
まあ、こんな見た目だからいろいろ言われるけど。
私は自分の好きな格好をしてるだけだから
副島 史哉
副島 史哉
そうなんだ。
なんか、かっこいいね
保坂 あずみ
保坂 あずみ
褒めてくれるの? ありがと

照れくさくて、あずみは史哉から視線を逸らした。


ただ自分らしくありたいだけなのに、それを褒められると、くすぐったいものだ。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
どうしたの?
副島 史哉
副島 史哉
あの、お願いしたいことがあるんだけど……

互いの家が近くなってくる。


そろそろ別れようか、という時に、史哉が足を止めた。


あずみがつられて立ち止まると、史哉はじっとあずみを見つめている。

【第2話につづく】

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