常に笑顔で優しくして、油断した時を狙って壁ドンとか、顎クイとか、他にも女の子が喜ぶことは思いつく限りたくさんした。なのに、あの子は全く僕を好きになる気配がない。
――上手くいかない。なんで?
今まで「表」と「裏」のギャップ攻めで落とせなかった子はいないのに……。そういうの好きじゃないとか?
しかもあの子、僕には靡かないのに、優くんと藍にはすごい懐いてるし。叶にもきっと心を許してる。……あれだけ遠慮なく言い合えるんだもん。何気に信頼もしてるよね、叶のこと。
僕との間には、まだ壁があるのにさ。
……いや、別にいいか、もう。あの子のことは放っておこう。僕がこんなに気にする必要ない。
……そうだよ。僕だけ、なんて、気にする必要がどこに――
「理央くん!」
ハッと我に返る。
視線の先には今朝放課後デートに誘ってきた女の子がいて、そうだった、と思い、笑顔を浮かべた。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「もー。……体調悪いの?大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込まれる。
……失敗だ。女の子にこんな顔させちゃった。
「大丈夫。続き楽しも?」
「うん!」
嬉しそうな笑顔で頷き、女の子は僕の腕に飛びついてくる。
振り払う理由もないのでそのままにしておくと、女の子は「そういえば」と話し出す。
「佐藤遥悠?だっけ。あの子、理央にまとわりついてるって噂あるんだけど、本当?」
「え?ううん、全然まとわりつかれてなんかないよ」
むしろ、まとわりついてくるくらい俺に惚れてほしかったんだけど。
「あ、違うの?なんかね、友里が今日あの子を校舎裏に連れてってどうとかって言ってたから、てっきり本当のことなのかなって――」
スッと肝が冷えた。
友里ちゃんは根は悪い子ではないけれど、頭に血が上ると少しやりすぎてしまうところがある。
そんな子が、ハルチカちゃんを、校舎裏に――。
「理央くん?」
立ち止まった僕に疑問の声が発せられる。
僕はほとんど独り言のように呟いた。
「――ごめん。僕、行かなきゃ」
「え!?」
なんで!と喚きかけた女の子の唇に人差し指を当てて止める。
「埋め合わせは必ずする。楽しみが延びたって思ってて。ね」
にこ、と妖美な雰囲気を漂わせて微笑む。
女の子が真っ赤になって「うん……」と言い、その直後、俺は全速力で駆け出した。
――簡単なことだった。自分の中のプライドが気付かないふりをしてただけだ。
僕はあの子が、ハルチカちゃんが――――好きだ。
思い通りにならないハルチカちゃんを、僕だけのものにしたくてたまらないんだ。
「ッ、そうだ、叶……あいつに聞けば」
一旦ブレーキをかけて止まり、息を整えつつ上着のポケットからスマホを掴み出して叶に電話をかける。
何度かのコール音の後、叶が応答した。
『もしもし、どうし――』
「叶!ハルチカは!?一緒なの!?」
相手の言葉が終わるのを待てずに叫んだ。叶は少し黙って、冷静な声音で言った。
『落ち着け。「表」と「裏」混ざってんぞ』
「んなことどうでもいいんだよ!どっちも素なの知ってんだろ!」
『……。ハルチカは家だ。今、二階で藍とゲームしてる』
「怪我とかしてない!?」
『怪我……あ、なんかライン来た。悪い、切るな』
「え!?」
『じゃ』
プッ、と通話が切れる音がした。
スマホを耳から離して画面を確認する。「通話中」となっていたはずのそれは、電話をかける直前のものに戻っていた。
……マジで切りやがった。有り得ねぇ。
あいつ絶対分かってて切ったな。
「――ッくっそ!」
スマホの画面を落としてポケットに突っ込み、再び全力で走り出す。
初めはみんなのためだった。でもだんだん、理由が変わっていった。
なんで飽き性な自分が懲りずにあの子に迫り続けたのか、今なら分かる。
僕は多分、君の気を引きたかった。
「ハルチカ……!」
――どうか、無事でいてくれ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。