が、しかし、
私の瞳に映ったのは先生の姿ではなく、
よく見慣れた、涼先輩の姿だった。
驚く私なんて気にならないかのように、
先輩は笑顔で練習場に入ってきた。
その顔はまるで私がいたことを知っていたようで、
私の感情と差が生まれる。
戸惑う私の感情は、
小さな声として先輩の耳に届く。
先輩は一度、不思議そうな顔をして首を傾げたと思うと、
すぐに笑顔に戻り、口を開いた。
その名前を聞いたと同時に、足の力が抜け、私は地面に崩れ落ちた。
疑問は沢山あった。
梨咲はいつ先輩にそれを言ったのか、とか
どうして先輩はわざわざ自分の時間割いてまで来てくれたのか、とか。
色々なことが頭をぐるぐると掻き混ぜる。
でも、その一方で、
梨咲がさっき、どうしてあんなに急いで練習場からいなくなったのかだけがハッキリと分かった。
私が床に崩れ落ちたことに私よりもびっくりした様子の先輩が、
手を差し伸べてくれようとするが、
流石にそれを取ることはせずに、立ち上がった。
出来る限りの笑顔を先輩に向ける。
…まぁそれが、どれくらいの笑顔だったかは分からないけど。
先輩はそんな私を見て優しく笑った。
その姿はいかにも後輩の対応をする先輩って感じがして、
先輩の後輩であることに嬉しくなる半面、
どこか後輩でしかないことに対する寂しさを感じた。
どうしていきなりそんなことを思ったのかは分からない。
それでも、何故かそう思ってしまったんだ。
私は自分でもわからない不思議な気持ちに蓋をして、
先輩の言葉に大きく頷いた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。