二、三、四限も疾斗は眠気と闘うばかりでちっとも勉強は頭に入ってこなかった。そして昼休みに突入し、ようやく活き活きしはじめる。
いそいそとスマホにイヤホンを繫ぐ。
やっと『Lv99』ができる。
ゲームをしながら昼食用の菓子パンを早々に食べてしまい、あとは高難易度クエストでモンスター討伐に没頭する。
急に声をかけられ、疾斗は慌てて顔を上げた。クラスでも派手な女子達が疾斗の前に立っていた。
イヤホンをしていてよく聞こえなかったのもあるが、その言葉に戸惑う。
イヤホンを外しても、その問いには答えられない。
疾斗が了承する前に女子達はきゃあきゃあ笑いながら、疾斗の後ろ、つかさの席へと向かっていった。そういえば、彼女達はつかさと仲がいい。
スマホを見ていたつかさが少し慌てた様子で顔を上げる。
友人たちに圧倒されるようにして、つかさはひかえめに笑う。
つかさのスマホケースについていたストラップは、『Lv99』のマスコットキャラクター『もにうさぎ』だった。
ボールにウサギの耳が生えたようなもにもにしたモンスター。手足はないからバウンドしながら移動する。一見可愛らしいが、普段は見えない口が大きく開くとサメのようなギザギザの歯で嚙みついてくるモンスターだ。その可愛さと不気味さが売りだとかなんとか。
一人の女子の言葉に、つかさはぴくっと肩を震えさせた。
手を握られ、つかさはひかえめに微笑む。
その時、つかさが不意に疾斗を見た。
目が合った瞬間、疾斗は慌てて目を逸らし、スマホの画面に意識を集中させる。
そんな声と共に、功樹の顔が疾斗の眼前に現れた。にやりとその顔が笑う。
功樹のその言葉に、一瞬声が詰まってしまった。アイコンタクトなんてしていないが、目が合ったことは事実だった。
疾斗が言い返す前に、つかさの周りの女子の声が飛んできた。
女子達のあざけりの声。そんな言葉の合間に、つかさが小さな声を発した。
困ったように縮こまるつかさを見て、疾斗の胸がチクリと痛む。その痛みからも目を逸らすように、疾斗はスマホに目を落として言った。
にまっと笑い、しつこく追及してくる功樹の顔を殴り飛ばしたくなる。
女子の一人が疾斗を冷ややかに見て、つかさを守るように身を寄せて言った。
くすくすと笑う声にも、疾斗はもう反応しないことに決めた。どう思われようと、どうでもいい。これ以上関わる気もない。
功樹が手を挙げてバカみたいに明るい声を発する。
功樹は蛍光色のパーカーのフードを被って、情けない泣き真似をしていたが、がばっと顔を上げて疾斗を見てきた。
無視しようと思っていたのに、しつこい功樹につい、顔を上げて振り向いてしまった。功樹を睨もうとしたが、視線が向かったのはつかさだった。
つかさは友人に守られるように抱きしめられ、うつむいている。
恥ずかしがっているのか。怒っているのか。……泣いているのか。
疾斗との関わりのせいで、つかさが困っている。それが恥ずかしくて情けなくて、どうしようもなく嫌になった。
疾斗の大声に、クラス中の視線がこちらに向いた。
集中した視線に、疾斗は大声を出したことが急激に恥ずかしくなった。驚きと嘲笑、侮蔑……そんな視線が集まっている。
耐えられなくて、逃げるように教室の外に出る。
功樹が引き止めるような声をかけてきたが、当然疾斗は足を止めたりしない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!