第9話

第一章 信じたくて信じられなくて-6
706
2018/08/24 06:06
放課後、疾斗はいつも通りさっさと帰ろうと思ったが、数学Ⅱの課題が出ていることを思い出す。今日のことで目をつけられただろうし、明日も五限目に数学Ⅱの授業がある。学校で済ませてから帰ることにした。
とはいえ、まだ教室には人が集まっている。昼休みに大声を出したこともあって、いつもよりさらに居心地が悪い。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(あ、そうだ)
ふと思い立って、教室を出て階段を上る。周りに人がいないことを確認して、屋上へ続く扉の前に立つ。屋上は鍵が掛かっていて開かない。だが。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(実はドアノブ壊れてるだけで、上手く持ち上げれば開くんだよなぁ。確かこれ、護が教えてくれた……んだっけ? あいつ、真面目なのに、何でこんなこと知ってたんだか)
ふと思い返して、何かが欠けてしまったようなさみしさを感じる。そのさみしさを打ち消すように首を振り、疾斗はドアノブを摑んだ。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
よ……っと
ガコッという音と共に扉を持ち上げ、開く。吹き込んでくる風が、淀んだ気持ちをほんの少しだけ吹き飛ばしてくれた。
座りこんで鞄から数学の教科書とプリントを出すが、やる気はさっぱりだ。それどころか日差しと風が心地よくて、ついうとうとしてしまった。
ガコッ。
扉を持ち上げて開く時の音が聞こえて、ふと目が覚める。一瞬ここがどこだかわからなかった。
日廻つかさ
日廻つかさ
え……。嬉野くん……?
その声で一気に意識が覚醒した。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
うわっ!?
日廻つかさ
日廻つかさ
きゃあっ!?
疾斗が驚いた声に相手も驚いたようだった。
顔を上げた先には、日廻つかさがいた。長い髪が、風でふわふわと揺れている。
日廻つかさ
日廻つかさ
ご、ごめんなさい……
嬉野疾斗
嬉野疾斗
いや、その、びっくりしただけ……悪い、でかい声出して
日廻つかさ
日廻つかさ
ううん、こっちこそ、びっくりさせちゃってごめんなさい。嬉野くんも知ってたんだね、ここの扉の開け方。私だけかと思ってた
真面目なつかさが、ここのドアの開け方を知っているなんて意外だった。
日廻つかさ
日廻つかさ
えっと……座っても、いい?
嬉野疾斗
嬉野疾斗
え……別に、いいけど
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(何でっ!?)
その疑問をつかさにぶつけたかったが、顔には出さずにうなずく。つかさは微笑んで、スカートの皺を気にしながら疾斗の隣に座った。
日廻つかさ
日廻つかさ
ありがとう。勉強、してたの?
疾斗のそばにある、広げただけの教科書とプリントを慌てて鞄に押し込む。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
いや……。あんたこそ、何でこんなとこに? ここ、いちおう立ち入り禁止だけど
立ち入り禁止、という言葉に、つかさは怯えたように身を縮めた。
日廻つかさ
日廻つかさ
えっと……べ、勉強してる嬉野くんにこんなこと言うの、恥ずかしいんだけど……
いや、してない。寝てただけ。とも言えず、疾斗は黙ってつかさの言葉を待った。するとつかさの顔が徐々に赤くなってくる。
つかさは膝に載せた両手をぎゅっと握りしめ、意を決したように言った。
日廻つかさ
日廻つかさ
ゲームが、したくて……っ! 一人で時々、ここに来るの。友達はゲームとか興味なさそうで、その、家でもあんまりできないから……っ!
嬉野疾斗
嬉野疾斗
あ、そう……
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(そんな顔して言うことか?)
疾斗の薄い反応に、つかさは拍子抜けしたようにぽかんとした後、赤い顔のまま微笑んだ。
日廻つかさ
日廻つかさ
嬉野くんも、いつも教室でやってるよね?
嬉野疾斗
嬉野疾斗
……何で、知ってるんだ
知られていたことが少し気恥ずかしく、ぶっきらぼうに答えてしまった。つかさは疾斗が怒ったと思ったのか、焦って声を上げた。
日廻つかさ
日廻つかさ
ごっ、ごめんなさい! 勝手に見て……! でもあの、私の席から、嬉野くんのスマホ見えちゃうから、その、私も『Lv99』やってて、だから気になっちゃって……!
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(あ、もしかしてそれで、今日こっち見たのか)
きっとストラップのモンスターも知っていると思って、つい疾斗を──というより、疾斗のスマホを見てしまったのだろう。
黙って納得していた疾斗に、勘違いしたのかつかさはさらに焦ったようだ。
日廻つかさ
日廻つかさ
ご、ごめんなさい、しゃべりすぎだよね。でもゲームしてるってこと言えて嬉しくて……!
焦ってまくし立てるつかさは、教室では見たことがない姿だった。ひかえめで大人しい高嶺の花が、少しだけ身近に感じてしまうほどに。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
いや……いいけど。別に俺、怒ってないし
怒ってないという疾斗の言葉に、つかさはホッと胸を撫で下ろしていた。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
ゲームぐらい、誰でもするだろ
日廻つかさ
日廻つかさ
そう、かな? 友達は、あんまりしないみたいだから……
身近に女子があまりいなかった疾斗には、女子の感覚はわからない。だが、今やゲームをする女子など珍しくない気がする。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
……強いの?
ちょっとした好奇心で訊いてみただけだが、つかさは顔を逸らした。
日廻つかさ
日廻つかさ
その……ひ、引かないで、ね……?
つかさはスマホを出し、ためらいがちに疾斗に『Lv99』のステータス画面を見せた。
可愛らしいツインテールの女の子のアバターが、弓を持っている。その隣にあるステータスを見て、疾斗は目を剝いた。


『勇者:*ハナ* Lv98』

プリ小説オーディオドラマ