ずり…ずり……と靴を擦る音がやたら大きく聞こえる。冬の森の静けさには雑音以外の何物でもないだろう。
私は痛む足と意識が飛びそうな体に鞭打って歩いている。
荒く息を漏らし、私は歩く。
異様に下腹部に違和感を覚え少し服を捲ると想像していた通り、こぶし大の痣があった。
起きる前のことを思い出し胃の中のものを出しそうになる、いや、出してしまった方が楽なのかもしれない。
そう、私は先程誘拐され、暴力を散々振るわれ命からがら逃げている。
そしてようやく集落が見えるところまで山を下っていた。
正直、内容は思い出したくない。覚えてる限りでは顔とお腹を執拗に殴られ、吐いた記憶がある。
しばらく歩くと
もう寒さも何も感じなくなり始め、眠気が襲いかかってきた、しかしこれは心地の良い眠気じゃない。すぐ側で死神に鎌を首に押し当てられてような寒気と共にくる眠気だ。寝たら確実に連れていかれる。
しかしもうかなり歩いた、そう簡単には追ってこれない。
ガードレールの隙間を抜けて斜面に崩れるように腰かける。今だけ冬の風が心地いいと思えた。
ずぶり
そんな音が肩から聞こえた。
そこから熱い熱が漏れる。
いつの間にか斜面の横に男がいた。
そして私の肩には
冷たく光る金属の刃と気味悪くニタニタとわらう男の顔が見えた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!