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第1話

プロローグ
3,073
2019/02/09 09:33
かつて日本に “怪盗姫” という泥棒がいた。


華麗で鮮やかな彼女の盗みは
決して私利私欲のためにあらず。

自らの正義の旗のもと、
夜の都会を颯爽さっそうと駆けては
弱きぜんを助け、強きあくをくじき続ける。


彼女の正義は多くの民衆の共感を呼び、
泥棒でありながら絶大な支持を集めていた。



しかし18年前、
怪盗姫は忽然こつぜんと姿を消してしまった。

その後、彼女を見た者は
誰1人としていないのだという。





時は流れ現代。

突如として
“怪盗姫の後継者” を
名乗る者が現れたことにより、
歴史は再び動き出す。




これは、
ひょんなことから
“怪盗” になった1人の少女と、
彼女を取り巻く人々とを描いた物語。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

4月も終わりかけな
とある日のこと。



いつもどおり
高校から帰ってきた私・津ノ井つのいサトが、


いつもどおり
サト
サト
ただいまー
と玄関のドアを開けたところ。


いつもどおりじゃない光景・・・・・・・・・・・・が広がっていた。

サト
サト
…………なに……これ……

玄関ドアのすぐ前にあったのは、
床から天井まで詰まれたダンボール箱のタワー。

ちょっとさわってみたところで
びくともしないあたりからすると、
中には重そうな物がギッチリ入ってそうな感じ。


壁とダンボールとの間に
ほんのわずかだけ残されたすき間を、
なんとか無理やり強行突破すると。

サト
サト
うわっ、こっちもあるし!

玄関先から廊下の端まで、
見渡す限り、箱、箱、箱、箱、箱。


例えるなら、まるで
都会の通勤ラッシュ最中さいちゅうな満員電車のように
ギュウギュウと押し込まれたダンボールの大群。
サト
サト
(こんなことやらかしそうなヤツなんて
 絶対アイツ・・・しかありえない……!)
そう確信した瞬間。

??
??
たらりらりらーん♪
たりらりらー♪……

奥のほうから “楽しそうな鼻歌” が聞こえてきた。



しかも今は4月だってのに、
季節外れのクリスマスソング。

ついでにいうと季節だけじゃなく
ちょこっと調子も外れてる。
サト
サト
そっちかッ

段ボールタワーと壁の間の
あるようでないような極狭ごくせま通路を
必死でくぐり抜け、
なんとかリビングの前へとたどり着く!


そして勢いよくドアをあけるっ!




 バンッ!!


サト
サト
お母さんっっ
サトの母
サトの母
たららりらりらー♪

……あらサトちゃん、おかえりぃ

鼻歌をいったん中断し、
上機嫌で出迎えてくるお母さん。


お母さんの右手にはガムテープ・・・・・
そして左手にはダンボール・・・・・

ってことは……。

サト
サト
やっぱ、お前が犯人かいっっっ


そんなことだろうと思ってたよ!

サトの母
サトの母
ちょっとサトちゃん!

お母さんに向かって
“お前” って言い方はないでしょ?
サト
サト
お母さんなんか “お前” で十分だし
サトの母
サトの母
えー、ひどーい!

なんでそんなこと言うの?
サト
サト
決まってるでしょ?! アレよアレ
サトの母
サトの母
アレって?
サト
サト
だから廊下のダンボールの山に
決まってんじゃん!

玄関からリビングの前まで廊下全部
上から下まで段ボールで埋まってて、
ここまで来るの
大変だったんだからねっ?!
サトの母
サトの母
え??

サトちゃんってば、
あのスペースじゃ通れないぐらい
“ポッチャリさん” だった?
サト
サト
違うしっ! 
ちゃんと通れたから!!
サトの母
サトの母
ほら、だいじょうぶじゃない!
サトの母
サトの母
お母さんはねぇ、いつだって
ちゃ~んと娘のこと考えてるのよ?

ダンボールを積む時も
「サトちゃんなら、
 これぐらいのスペースがあれば
 余裕で通れちゃうわねー」
ってしっかり計算してたの、
偉いでしょ!
サトの母
サトの母
なんたってうちのサトちゃんは
とてもスリムさんで、
身長だって同い年のみんなより
だいぶ小っちゃいもんねぇ♪
サト
サト
うっ……
サト
サト
……ねぇお母さん

私、背が伸びないこと
すっご~く気にしてるんだけど
サトの母
サトの母
あらあら、
小さいのも可愛いと思うわよ?
サト
サト
やだよっ!!

だって昨日も歩いてたら
小学生に間違われたし――
サトの母
サトの母
うらやましいわぁ、
そんなに若く見られて♪
サト
サト
あのさお母さんと違って
私、高校1年生なんだけど

小学生に見られたって
全然うれしく――
サトの母
サトの母
そうねぇ♪
若いっていいわねぇ♪♪
サト
サト
むぅぅ……


……ダメだ。

うちのお母さん、
あいかわらず話が通じない。


とりあえず
話題を変えたほうがよさそうかも。

サト
サト
……ところでお母さん

なんでまた急にダンボール箱に
色々詰め始めちゃったの?
サトの母
サトの母
だって引っ越し明日なんだもの

今日のうちに準備終わらせなきゃ
間に合わないでしょ?
サト
サト
へー、引っ越しするんだー


…………。



……ん?

引っ越し……??


サト
サト
へっ?!


お母さんがあまりにもナチュラルに言うから
一瞬流しそうになったけど、

どう考えても “引っ越し・・・・” って
軽く流しちゃいけないワードだよね?!

サト
サト
ちょ、ちょ、ちょっと待って?!

ひ、引っ越しってナニ?! 
どういうこと?!?!
サトの母
サトの母
だからね、明日、引っ越すの
サト
サト
答えになってないからっ!

お母さんはどうして
引っ越しすることにしたのよ?
きっかけは何?
サトの母
サトの母
あ~、そっちかぁ~
サトの母
サトの母
あのねサトちゃん

お母さん、
転職することにしたの!
サト
サト
転職?!
なんで?!
サトの母
サトの母
なんとなく♪
そんな気分だったから
サト
サト
な、なんとなくって……


出ちゃった、
お母さんの悪い癖!

昔から気まぐれで気分屋で、
思いついたらなんでも
すぐ実行しちゃうもんだから、

そのたびに毎度毎度
娘の私は迷惑こうむりまくりなんだよっ!!



……まぁ、
思いつきのおかげで、
小さい頃から割と色んなところに
旅行で連れて行ってもらったし、

ご当地グルメとか名産品とか
とってもおいしいものも
いっぱい食べさせてもらえたわけで、
その点については……

……感謝してるわけだけど。

サトの母
サトの母
でねでね、
その転職先の職場が
すごく遠いところにあるから、

この家からじゃ
通うのはちょっと難しいのよねぇ
サト
サト
遠いところって……

新しい職場、どこなの?
サトの母
サトの母
東京・・
サト
サト
……は?
サトの母
サトの母
だからね、東京♪
サト
サト
東京って……

……まさか、東京都??
サトの母
サトの母
他にどんな東京があるの?
サト
サト
そうなんだけど!
問題はそこじゃなくて!!

ここ、鳥取県・・・だよ?
サトの母
サトの母
ええ、そうねぇ
サト
サト
いったいぜんたい
何がどうなったら急に
「よし、鳥取から東京に転職しよ!」
なんてコトになるの??
サトの母
サトの母
サトちゃんも知ってるとおり
お母さん、クリスマス大好きでしょ?

だけどクリスマスって
12月にちょこっとしかないから
さみしいなぁって
お母さんずっと思ってたの
サトの母
サトの母
そしたらね、
さっきTVで東京のお店が
紹介されてたんだけど、

そのお店ってばなんと!
1年中365日ずっと
クリスマスのものだけを置いてる
クリスマス専門店なんですって!
サトの母
サトの母
1年通して毎日
クリスマスにひたれるなんて
すご~く幸せなことよね!

だからお母さん、
その素敵なお店で
働きたくなっちゃったの!
サトの母
サトの母
でね、お店に電話してみたら
来週から雇ってもらえることに
なったから、
さっそく引っ越し屋さんに
明日来てもらえるようお願いして
荷造りしはじめたってわけ!

ああもう楽しみだわ~♪


お母さん、ここは鳥取なんだよ?

東京のそのクリスマス専門店から
どんッッだけ距離が離れてるか分かるよね?



なのにどうして
電話しようと思ったの?

どうして
明日引っ越しだって勝手に決めちゃうの?
サト
サト
もう意味わかんない……
うぅぅ……

いろいろ考えてたら、
なんか頭痛くなってきちゃった……

……ベッドで横にでもなってこようっと。
サト
サト
……じゃお母さん

引っ越し準備がんばってね……
サトの母
サトの母
何言ってんの?
サト
サト
え?
サトの母
サトの母
サトちゃんも引っ越すのよ?

もう高校生なんだから
自分の荷造りぐらい
自分でしてちょうだいね♪
サト
サト
!!!!!

そう。
ちょっと考えればわかることだった。


まだ高校生の子供に過ぎない私にとって、
お母さんが引っ越す・・・・・・・・・ということは、

それすなわち
娘の私も一緒に引っ越す・・・・・・・・・・・ということに
他ならないということを。
サト
サト
で、でもお母さん!

高校入学してからまだ
1ヶ月も経ってないんだよ?

クラスの子とも仲良くなったし、
GWゴールデンウィークに遊ぶ計画も立ててたし、
入る部活もだいたい絞ったし、
バイトしたいとこだってあるし……
サトの母
サトの母
しょうがないでしょ、
遠いところに引っ越すんだから
サトの母
サトの母
……そうそう、
高校で思いだしたけど、

サトちゃんの転校先も
決めなきゃいけないわねぇ
さすがに東京から
鳥取の高校には通えないもの
サト
サト
う、うそでしょ……
サトの母
サトの母
遊んでる時間はないわよ、
なんたって引っ越しは
明日の朝一番なんだから

サトちゃんもさっさと
荷造りしちゃいなさいよ! 
サトの母
サトの母
……さーて、お母さんも
もうひと頑張りしなきゃだわねぇ♪
サトの母
サトの母
らんらんらーん♪ 
らんらんらーん♪
らららーららーん♪……

ポカンとしている私をよそにして、
お母さんは楽しそうに
荷造り&鼻歌クリスマスソングを再開。


こんな感じに
”気まぐれ発動状態のお母さん” は、
誰であっても止められない。


小さい頃から、
世界中の誰よりも
その事実を実感しまくってきた私は、
抵抗するのをあきらめて、
自分の荷造りにとりかかりはじめた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



こうして私は
“高1のGWゴールデンウィーク明け直後” という
あり得ないぐらい中途半端な時期に、

私立 薔薇ヶ原ばらがはら学園高等学校へと
転校することになった。



でもまさか転校がきっかけで、
あんなコト・・・・・に巻き込まれる羽目に
なっちゃうなんて……。


この時の私は
そんな未来など知るはずもなく、

ただただ必死に
自分の部屋の荷物を
ダンボールへと詰めまくっていたのだった。

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