かつて日本に “怪盗姫” という泥棒がいた。
華麗で鮮やかな彼女の盗みは
決して私利私欲のためにあらず。
自らの正義の旗のもと、
夜の都会を颯爽と駆けては
弱き善を助け、強き悪をくじき続ける。
彼女の正義は多くの民衆の共感を呼び、
泥棒でありながら絶大な支持を集めていた。
しかし18年前、
怪盗姫は忽然と姿を消してしまった。
その後、彼女を見た者は
誰1人としていないのだという。
時は流れ現代。
突如として
“怪盗姫の後継者” を
名乗る者が現れたことにより、
歴史は再び動き出す。
これは、
ひょんなことから
“怪盗” になった1人の少女と、
彼女を取り巻く人々とを描いた物語。
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4月も終わりかけな
とある日のこと。
いつもどおり
高校から帰ってきた私・津ノ井サトが、
いつもどおり
と玄関のドアを開けたところ。
いつもどおりじゃない光景が広がっていた。
玄関ドアのすぐ前にあったのは、
床から天井まで詰まれたダンボール箱のタワー。
ちょっとさわってみたところで
びくともしないあたりからすると、
中には重そうな物がギッチリ入ってそうな感じ。
壁とダンボールとの間に
ほんのわずかだけ残されたすき間を、
なんとか無理やり強行突破すると。
玄関先から廊下の端まで、
見渡す限り、箱、箱、箱、箱、箱。
例えるなら、まるで
都会の通勤ラッシュ真っ最中な満員電車のように
ギュウギュウと押し込まれたダンボールの大群。
そう確信した瞬間。
奥のほうから “楽しそうな鼻歌” が聞こえてきた。
しかも今は4月だってのに、
季節外れのクリスマスソング。
ついでにいうと季節だけじゃなく
ちょこっと調子も外れてる。
段ボールタワーと壁の間の
あるようでないような極狭通路を
必死でくぐり抜け、
なんとかリビングの前へとたどり着く!
そして勢いよくドアをあけるっ!
バンッ!!
鼻歌をいったん中断し、
上機嫌で出迎えてくるお母さん。
お母さんの右手にはガムテープ。
そして左手にはダンボール。
ってことは……。
そんなことだろうと思ってたよ!
……ダメだ。
うちのお母さん、
あいかわらず話が通じない。
とりあえず
話題を変えたほうがよさそうかも。
…………。
……ん?
引っ越し……??
お母さんがあまりにもナチュラルに言うから
一瞬流しそうになったけど、
どう考えても “引っ越し” って
軽く流しちゃいけないワードだよね?!
出ちゃった、
お母さんの悪い癖!
昔から気まぐれで気分屋で、
思いついたらなんでも
すぐ実行しちゃうもんだから、
そのたびに毎度毎度
娘の私は迷惑こうむりまくりなんだよっ!!
……まぁ、
思いつきのおかげで、
小さい頃から割と色んなところに
旅行で連れて行ってもらったし、
ご当地グルメとか名産品とか
とってもおいしいものも
いっぱい食べさせてもらえたわけで、
その点については……
……感謝してるわけだけど。
お母さん、ここは鳥取なんだよ?
東京のそのクリスマス専門店から
どんッッだけ距離が離れてるか分かるよね?
なのにどうして
電話しようと思ったの?
どうして
明日引っ越しだって勝手に決めちゃうの?
いろいろ考えてたら、
なんか頭痛くなってきちゃった……
……ベッドで横にでもなってこようっと。
そう。
ちょっと考えればわかることだった。
まだ高校生の子供に過ぎない私にとって、
お母さんが引っ越すということは、
それすなわち
娘の私も一緒に引っ越すということに
他ならないということを。
ポカンとしている私をよそにして、
お母さんは楽しそうに
荷造り&鼻歌クリスマスソングを再開。
こんな感じに
”気まぐれ発動状態のお母さん” は、
誰であっても止められない。
小さい頃から、
世界中の誰よりも
その事実を実感しまくってきた私は、
抵抗するのをあきらめて、
自分の荷造りにとりかかりはじめた。
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こうして私は
“高1のGW明け直後” という
あり得ないぐらい中途半端な時期に、
私立 薔薇ヶ原学園高等学校へと
転校することになった。
でもまさか転校がきっかけで、
あんなコトに巻き込まれる羽目に
なっちゃうなんて……。
この時の私は
そんな未来など知るはずもなく、
ただただ必死に
自分の部屋の荷物を
ダンボールへと詰めまくっていたのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。