……ところでお前は
“怪盗姫” を知ってるか？

順を追って話す

知ってんのか？
それとも知らねぇのか？

まぁ怪盗姫は
俺やお前が生まれるより前に
活動を休止しているし、

その程度の認識でも
仕方ねぇだろうな……

本題に入る前に簡単に説明しておく

“怪盗姫” というのは、
二十年ほど前に
この東京を中心として
活動していた泥棒だ

一般的には 
"怪盗姫" と呼ばれているが
これはあくまで
ＴＶや新聞なんかがつけた
“二（ふた）つ名（な）” とか
“ニックネーム” のようなもんで、

本人はあくまで “ジュディ” とだけ
名乗っていたらしい

だから場合によっては
両方合わせて “怪盗姫ジュディ” と
呼んでるケースも少なくねぇんだ

だろ？

怪盗姫は言ってしまえば
泥棒なんだけどな、
他の多くの泥棒達と違って、
自らの欲を満たすためだけの
盗みは絶対にしない

怪盗姫の盗みは全て
困った他人のためだったんだよ

例えば最も多いケースだと……

“騙し取られた物” を
被害者に代わって取り返すとかな

いわゆる “義賊” ってやつだ

もちろん現代日本の法律じゃ、
いくら盗（と）られた物であっても、

怪盗姫がやったように
司法の手続きなんかをふまずに
勝手に取り返す、なんてのは
犯罪行為とみなされちまう

にも関わらず民衆の多くは
熱狂的に怪盗姫を支持していたんだ

俺も直接は知らないが
怪盗姫が活動していた当時、

彼女がどこかで盗みを行えば
翌日はＴＶのニュースも新聞も
そのことを大きく報じていたし、
世間の人々の話題だって
怪盗姫一色に染まってしまう

それぐらい当時の彼女は
日本中を騒がせていたらしい

だが、１８年前の事件を最後に
怪盗姫はぱったりと盗みをやめた

もともと彼女に関して
一般的には謎に包まれていてな……

盗む前には必ず
わざわざ予告状を出すくせに、
予告当日の動きが神出鬼没すぎて
警察や何やらが対処できなかったんだ

重要な手がかりすら残さないから
正体だって不明のまま

だから “その後”、つまり
「活動休止後どうしているか」
ということに関しても
いまだに分かっていないとされている

まことしやかに
色んな説はささやかれているけどな……

……とまぁ、
ここまでが前提だ

しょうがねぇだろ、
怪盗姫について知識がないと
このあとの話が進まねぇんだよ

じゃこっから本題

実はな、
怪盗姫の正体ってのが
俺の母（・・・）らしいんだ

なんだ間抜けな面しやがって？

聞こえなかったか？

俺の母が怪盗姫と名乗って
泥棒をやってたらしいって言ったんだ

別にいいだろ
事実なんだから

いや

そもそも俺は
母の顔すら知らねぇよ

物心ついた時には
既に両親が離婚済みでな

俺は父側に引き取られ
綾小路の本家で
祖父母や父らと暮らしていたから
母には１度もあった記憶がないんだ

そうなのか？

そうか……まぁ
最近は別に離婚なんて
珍しくもなんともないしな

父からだ

俺が小学校に上がってすぐ
急な病（やまい）で父が死んじまってな

別に暗い顔になる話でもねぇよ
もう10年も前の出来事だしな

それに俺には
一緒に暮らす祖父も祖母もいるし、

でっけぇ綾小路家の屋敷では
ここにいる面影だけじゃなく
使用人だって大量に働いてっから……

……人数だけでいえば
かなりにぎやかだったぜ？

……じゃ、話を戻すぞ

父はな、死んじまう間際に
小学１年生だった俺を枕元に呼んだ

俺と父の他にいたのは
当時は父に仕えていた面影のみ

父いわく「３人だけで話がしたい」
ということだった


そこで聞いた内容というのが――

色んな意味で驚いたぜ

そもそも母について
父が話してくれたのも
この時が最初で最後だしな……

……なんでも父が若い頃、
怪盗姫が盗みに入った現場に
居合わせたことで
２人は出会ったんだが、

一目惚れした父が
その場で怪盗姫を口説き落として
結婚にまで持ち込んだらしい

ああ

面影もそこにいたんだよな？

とはいえ結婚できるまでには
紆余曲折あったらしい

祖父も祖母も親戚も
父と母の結婚に猛反対だったようだし

曲がりなりにも父は
由緒正しき綾小路家の
跡取りだったんだぞ？

古い家だから家柄とかなんとか
細（こま）けぇのを気にすんだよ

それでも祖父だけは渋々認めたんだが
祖母も親戚も最後まで反対してな……

そこで
 “実は母が怪盗姫だ” ということは
父と面影だけの秘密にとどめつつ、
様々な画策をしまくって
どうにかゴリ押しに成功したらしい

だよな、面影？

まぁ結局、結婚生活は
うまくいかなかったようだが

俺が生まれて間もなく
母は１人で家を出てしまい、
その後の消息は不明

父も面影も
財力やらコネやら
綾小路家の力を駆使して
探しまくったものの、
手がかりひとつ
発見できなかったようでな……

さすがは怪盗姫ってとこだろ？

だがな、俺は……

……１度でいいから
母に会ってみたいんだ

……そういや
お前も父がいないんだったか

なんだ、だいたい俺と
似たようなもんじゃねぇか

まぁ父が死んじまってすぐは
気持ち的にも
そんな余裕はなかったんだけどよ

しばらく経って
色んなことが落ち着いた頃に

父がしてくれた話を
ふと思い出してな……

……で、
ひらめいたのさ！

もしかしたら
父の話の中に母と再会するヒント（・・・・・・・・・）が
隠されてんじゃねぇかってよ！

ああ、そうだ

こちらがどんなに必死に
探そうとしたとしても
見つけ出せる確率なんて
ほぼほぼゼロに近いだろうな

バーカ！

お前がその程度の発想しか
できてねぇからだよ

当然！

俺は綾小路家の次期当主だぞ？

凡人（ぼんじん）の先を行くぐらいじゃねぇと
やってけるわきゃねぇだろ

まぁ俺の考えている計画を
お前のようなバカが
完全に理解するのは無理な話だから
かみ砕いて教えてやろう

逆転の発想だ！

俺たちのほうが
怪盗姫を探すのではなく、

怪盗姫のほうから
俺たちに会いたくなるよう
トラップを仕掛けるのさ！

なんだ？

そんなことも理解できねぇほど
バカだったのか？

その通りだ

聞いておどろけ！

復活させるんだよ、
怪盗姫をな！！

まぁ正確に言えば
復活するのはあくまで
“怪盗姫という称号を” という意味だ

つまり “怪盗姫の後継者” を名乗る
別の泥棒を作り出すのさ！

怪盗姫本人からすれば
勝手に他人が
“怪盗姫の後継者” を名乗って
盗みを行っていたら、
絶対気になるはずだろ？

おそらくは多少なりとも
何らかのアクションを起こすはずだ

うまくいけば、
怪盗姫本人から
連絡してくるかもしれねぇ

ああ、
前例があるんだよ！

そうだな面影？

だろ？
ようやく理解できたようだな

ということで、
ここでお前にひとつ話がある

急じゃねぇよ！

説明の前に前置きしただろ、
「あとで話がある」とな

ったく、
これだからバカは……

ああ……
そうだな

お前、怪盗になれよ！