鳥取から東京への引っ越しの旅は
どうにかこうにか完了。
すっごい長距離の大移動だし、
あいかわらずお母さんは途中でやらかすし、
ほんとに大変だったんだよ……。
引っ越しが完了したあとは、
ちょうど突入したGWの連休を利用して、
ベッドや机は部屋のどこに置くか悩んだり、
ダンボールを開けて、
詰めてたいろいろの置き場所を考えたり、
足りない小物や雑貨やなんやらを買いに行ったり。
そしてようやく
新しい家の片づけが落ち着いた頃。
色んな意味で密度の濃かった連休も明け、
私立 薔薇ヶ原学園高等学校への
転入初日がやって来た。
初めての土地、
初めての学校への、
生まれて初めてな転校。
見るもの全てが新鮮で
初めてだらけなシチュエーションに
わくわくキョロキョロしながら
登校した私を待ち受けていたのは、
転校生特有の
あのイベントだった。
“自己紹介”。
もちろん
自己紹介自体は初めてってワケでもないし、
これまでも何度となく、
色んな場面で経験してきた。
だけど私が直面してる自己紹介は、
“これまでのソレ” とは
ケタ違いのビッグイベントである!
なぜなら現在、
全員「はじめまして」な
32人の新しいクラスメイトの
好奇心にあふれまくりな64個の瞳の
1つ1つから放たれた鋭い視線が、
私の方向へと一直線に
突き刺さっているからなのだ!
なんかコソコソ喋ってる人達も割といて
心なしか異様にザワザワしまくりな気もする。
みんな転校生に興味津々過ぎじゃない?
気持ちはわかるけどさ。
こんな状況で
自己紹介しろって言われて、
フツーの人間が
緊張しないわけないじゃないのよ……。
たぶんこの自己紹介次第で
これから3年間の私の高校生活がどうなるか
決まっちゃうような、そんな気がする。
最初がかんじんってよく言うし、
どう考えても
「しっかり決めるべきッ!」的な場面じゃん。
やっぱここは
“インパクトたっぷりでウケる自己紹介”
みたいなのをドカッとぶつけて
スタートダッシュを決めるべきなんだよね?
……ん? 待てよ?
もし仮にここでウケを狙ったとしよう。
それで逆に
ツルンッとすべっちゃったら?
……うっわ!!!
これからの高校生活、
ヘタしたら地獄じゃん!!!!!
こうなったら……
あの手を使うっきゃないか。
必殺ッ!
超・無難ッ!!
無難な自己紹介って
おもしろみもなんもないけど、
なんだかんだ悪くなかったりっていうか
むしろよかったりすんのよねー。
思いっきり下げた頭を
おそるおそるとあげてみると……。
……よかった。
変にしらけちゃうとかはしてないみたい。
窓際の1番うしろって……
……あそこか。
新しいクラスメイト達の間を
できるだけ悪目立ちしないように
ササッと通り抜け、
担任の先生に言われた席へと
座ったところ。
私の右側から聞こえてきたのは、
鈴を転がすように透明感たっぷりの
癒し系ボイス。
反射的に声がしたほうを向くと。
おしとやかそうな女の子が
ひらひらと優雅に手を振ってきた。
こんなに品がいい手の振り方する人、
ホントに存在するんだ!
すごい!!
まさに “お嬢様” ってやつじゃん!!!
微妙にテンション上がりつつも
「こっちもなんか言わなきゃ」
と気付いた私は、
慌てて言葉を返す。
うっ?!
初対面なだけならともかく、
お上品にお話になるお嬢様に
どんな会話をふったらいいかとか
私の引き出しにないんだけど!
ど、どうする?!
えっと! えっと、ええっと……。
なんか知らないけど
お嬢様、笑いはじめたよ!
私が感心していると。
どうやらひととおり笑い終えたらしいお嬢様が
笑顔を残したまま、再び話しかけてきた。
つまりは
“私の顔がおもしろかった”ってことかいっ!!
確かに昔から
「サトはほんと、
感情がコロコロ顔に出る子だねー」
とかよく言われるけどさ……。
……ま、いっか。
お嬢様は喜んでるみたいし。
……えへへ。
なんかいいね、こういうの。
おっと、
新キャラ2人いきなり登場。
な、なんかこの2人、
ずいぶんグイグイくるんだけど?!
とまどい気味な私に
助け舟を出してくれたのは……。
優しく笑うミホナちゃん!
おや、意外と素直な模様。
エリコをさえぎったカエが、
にやにや笑いながら私を見る。
ぷくっとふくれるエリコ。
ちょっとカエ、急に叫ぶからびっくりしたよ?
ん?
言いかけた?
そういやエリコが何か言いかけてたな。
何だっけ? えっと……。
私がうっかりぽろっとこぼした言葉を
聞いた2人が、
末恐ろしい形相になっちゃった?!
というかその顔ってさ……
……現役の女子高生が
ぜったいしちゃいけない顔だと思うよ?
ものすごい表情のまま
同時に顔を見合わせた2人は、
これまたピッタリ同じタイミングでうなずく。
そんな笑い方あってたまるかっ!
っていうかお前ら、息ぴったり過ぎだろっ!!
……もちろん
【ま】ってのが何のことか
気にならないわけじゃない。
でも2人ともごまかしたいみたいだし、
今はいったん話を変えたほうがよさげだね。
そう思った私は、
“何も気づいてない感じ” の
貼り付けたような愛想笑いで話を変える。
きょとんとするエリコ。
そのあと数秒間、
不自然に目が泳ぐ。
お前、一瞬忘れてただろ?
いちいち正式名称だとめんどうだし
略したほうが呼びやすいよね。
なんかまた2人してグググと迫ってくるし?!
たかが転校の理由でしょ?
そんなに興味をそそられるもんじゃない
と思うんだけどな……。
そういえば、
今朝この1年D組に入ってきてから
クラスメイト達がすごくザワザワしてるなとは
うすうす感じてたんだよな……。
……まぁ確かにそっか。
フツーの転校生は
4月とか9月とか1月とか学期始めに
転校してくるもんって決まってる。
ましてや
高校入学から1ヶ月しか経ってない
“高1のGW明け直後”
なんて中途半端な時期に
転校してくるようなレアケース、
私だって
“今の自分” 以外知らないよ……。
教えろって言われても
そもそも
教えられることが何もないから
教えようがないんだけど……。
はっ、助け舟!!
ミホナお嬢様……!
なんだかんだ
カエもエリコも悪い子じゃなさそうだし……
……案外、
いい友達になれちゃうのかもしんない、
なんとなくだけど。
あ、もちろんミホナもね!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
やっぱ学校によって
授業のやり方って全然違うんだね。
慣れるまでちょっとかかりそう。
ふと目に入ったのは、教室の壁の掛け時計。
時計の針が指しているのは12時ちょうど。
ってことは……。
うわぁお!!
そのチキンステーキ食べたいっ!!
席を立ちあがった私は
教室うしろの出入口のドアへと猛ダッシュ!
そのまま廊下へ……。
ドンッ!!!
教室から廊下へと飛び出た瞬間、
私は、勢いよく誰かに激突。
その勢いのまま、
派手に尻もちをついて転んでしまった。
ぶつかった相手の男の子が
声をかけてきてくれた。
そりゃ
全く痛くないわけじゃないけど、
別に騒ぐようなレベルの痛みでもない。
今ぶつかったの、完全に
私が走って教室を飛び出したせいだよね……?
ということはどう考えたって
一方的に私だけが悪いじゃん!!
相手の男の子の不思議な言葉を聞いて
思わず冷静さを取り戻した私は、
いつの間にか自分が
廊下の真ん中で
土下座をしていたことに気付く。
慌ててバッと頭を上げると。
まるで円を描くかのように
私たち2人の周りを
“大勢の学生ギャラリー” が
取り囲んでいたのだった。
……って!
これじゃ私たちさらし者状態じゃん!
そりゃ相手の男子も困っちゃうよっっ!!
穏やかな声が聞こえた。
こんな状態になってまで
まだ私の心配をしてくれるとか、
すごく優しい人なんだと思う。
返事をしつつ
何気なく声のほうを見上げる。
瞬間。
世界のすべてが、動きを止めた。
「おいおいそんな大げさな……」
って思うでしょ?
でもね、全然大げさでもなんでもないの。
“彼” と視線が合った瞬間、
その宝石みたいにきらめく瞳から
目が離すことができなくなって、
と同時に
私の呼吸も、
心臓の鼓動も、
そしてまわりの空気でさえも、
ぴたりと静止するのがわかった。
そう感じてしまうぐらい
相手の男の子は
かっこよくて
キラキラしてて
そして……
とっても “いい匂い” だった。
再び “彼” が言葉を発した瞬間。
止まっていた世界は、
ゆっくりゆっくりと動き始めた。
差し出してくれた手に
そーっと遠慮がちに触れてみる。
“彼” は優しい気づかいを絶やすことなく、
立ち上がろうとする私を
最初から最後までしっかり支えてくれた。
高鳴る胸を
なんとか無理やり落ち着かせて、
一生懸命しぼりだすようにお礼を言う。
な、
なな、
なんだこの
破壊力たっぷりの笑顔はぁぁあぁーっ!!
・
・
・
・
・
・
……さん……
…………トさん……
確か男の子にぶつかって……
起こしてもらって……
……おや?
あとの記憶がない……??
ちょっとミホナ、目が死んでるよ?!
と苦笑いしながらミホナを指さすカエ。
うおっ、
まだ生気が消えたままだし!
さっきまでは
癒し系の穏やかスマイルだったのに、
何度見てもギャップがすご過ぎ!
まぁでも今度からミホナの前じゃ
男子の、特に “王子” の話は
なるべくしないほうが無難かもな……。
……王子?
あたりを見回しても、
どこにも王子の姿はない。
というか王子だけじゃなく
あんなににぎやかだったギャラリーも
既に解散済みで、
さっきまでの騒ぎが嘘だったかのように
廊下は日常の静けさを取り戻している。
マシンガンのように
女子トークで盛り上がり続けるカエとエリコ。
まるで朝起きた直後みたいに
ぼーっとした感じが残っている今の私の頭じゃ、
2人の猛スピード早口に
ついていくのはちょっと厳しい。
えっとミホナ……ミホナはっと。
まだこっちに戻ってきてないんかい?!
どんだけ王子に拒絶反応を起こしてるんだよ!
カエとエリコの女子トークも
相変わらず全然終わりそうな気配がないし……
……もう、
ある意味カオス。
自分でも何がなんだか分かんない
やり場のないモヤモヤに耐え切れなくて
思わず大きなため息をつく。
ついでに
モヤモヤを体の外に押し出すみたいに
おなかの中にたまった空気を
ぜーんぶ吐き出してしまう。
肺がからっぽになったら
今度は新しい空気に入れ替えようと
思いっきり息を吸いこみ始めたところ。
……間違いない!
白薔薇王子からしてた “いい匂い” だ!!
パズルのピースが
かちっとはまると同時に、
私の胸が凄い勢いでドキドキしはじめた。
この匂い、
あっちのほうに続いてるみたい。
ってことは王子も……!!
反射的に駆け出そうとした私を、
正気に戻ったらしいミホナが呼び止めた。
私はそれだけ言い終わるや否や、
王子が残した匂いをたどって走りはじめたのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。