第2話

季節外れな転校と、白薔薇王子の秘密(1)
1,965
2019/02/04 09:33

鳥取から東京への引っ越しの旅は
どうにかこうにか完了。

すっごい長距離の大移動だし、
あいかわらずお母さんは途中でやらかす・・・・し、
ほんとに大変だったんだよ……。



引っ越しが完了したあとは、
ちょうど突入したGWゴールデンウィークの連休を利用して、

ベッドや机は部屋のどこに置くか悩んだり、

ダンボールを開けて、
詰めてたいろいろの置き場所を考えたり、

足りない小物や雑貨やなんやらを買いに行ったり。





そしてようやく
新しい家の片づけが落ち着いた頃。

色んな意味で密度の濃かった連休も明け、
私立 薔薇ヶ原ばらがはら学園高等学校への
転入初日がやって来た。



初めての土地、
初めての学校への、
生まれて初めてな転校。


見るもの全てが新鮮で
初めてだらけなシチュエーションに

わくわくキョロキョロしながら
登校した私を待ち受けていたのは、



転校生特有・・・・・
あのイベント・・・・・・だった。


1年D組 担任教師
……というわけで
わが1年D組にやってきた
転校生の津ノ井さん、

自己紹介してちょうだい
サト
サト
あ、はい!

えっと……


“自己紹介”。


もちろん
自己紹介自体は初めてってワケでもないし、
これまでも何度となく、
色んな場面で経験してきた。


だけど私が直面してる自己紹介は、
“これまでのソレ” とは
ケタ違いのビッグイベント・・・・・・・である!

なぜなら現在、
全員「はじめまして」な
32人の新しいクラスメイトの
好奇心にあふれまくりな64個の瞳の
1つ1つから放たれた鋭い視線が、
私の方向へと一直線に
突き刺さっているからなのだ!



なんかコソコソ喋ってる人達も割といて
心なしか異様にザワザワしまくりな気もする。

みんな転校生に興味津々過ぎじゃない?
気持ちはわかるけどさ。


こんな状況・・・・・
自己紹介しろって言われて、
フツーの人間が
緊張しないわけないじゃないのよ……。

サト
サト
…………
サト
サト
(……あ、しまった
 何も考えてきてないや……)

たぶんこの自己紹介次第で
これから3年間の私の高校生活がどうなるか
決まっちゃうような、そんな気がする。

最初がかんじんってよく言うし、
どう考えても
「しっかり決めるべきッ!」的な場面じゃん。



やっぱここは
“インパクトたっぷりでウケる自己紹介”
みたいなのをドカッとぶつけて
スタートダッシュを決めるべきなんだよね?
サト
サト
(えっと……

 ウケそうなこと……
 ウケそうなことって……)

……ん? 待てよ?

もし仮にここでウケを狙ったとしよう。


それで逆に
ツルンッとすべっちゃったら・・・・・・・・
サト
サト
(……想像中……)

……うっわ!!!

これからの高校生活、
ヘタしたら地獄じゃん!!!!!



こうなったら……

あの手・・・を使うっきゃないか。

サト
サト
……つ、津ノ井サトです、
鳥取から来ました

えっと……よろしくお願いします!

必殺ひっさつッ!
ちょう無難ぶなんッ!!

無難な自己紹介って
おもしろみもなんもないけど、
なんだかんだ悪くなかったりっていうか
むしろよかったりすんのよねー。


思いっきり下げた頭を
おそるおそるとあげてみると……。


……よかった。

変にしらけちゃうとかはしてないみたい。

1年D組 担任教師
それじゃあこれで
ホームルームを終わります

津ノ井さん、
窓際の1番後ろに
あなたの机を置いてあるから、
そこに座ってちょうだいね
サト
サト
あ、はい!

窓際の1番うしろって……

……あそこか。




新しいクラスメイト達の間を
できるだけ悪目立ちしないように
ササッと通り抜け、

担任の先生に言われた席へと
座ったところ。
お嬢様
お嬢様
津ノ井さん、おはようございます

私の右側から聞こえてきたのは、
鈴を転がすように透明感たっぷりの
癒し系ボイス。


反射的に声がしたほうを向くと。




おしとやかそうな女の子が
ひらひらと優雅に手を振ってきた。
サト
サト
(わぉ!)

こんなに品がいい手の振り方する人、
ホントに存在するんだ!

すごい!!
まさに “お嬢様” ってやつじゃん!!!



微妙にテンション上がりつつも
「こっちもなんか言わなきゃ」
と気付いた私は、

慌てて言葉を返す。
サト
サト
お、おはよう! えっと……

うっ?!


初対面なだけならともかく、
お上品・・・お話・・になるお嬢様・・・
どんな会話をふったらいいかとか
私の引き出しにないんだけど!


ど、どうする?!

えっと! えっと、ええっと……。



お嬢様
お嬢様
……うふふふふ

なんか知らないけど
お嬢様、笑いはじめたよ!
サト
サト
(というか……
 お嬢様って
 笑い声もお上品なんだねー)

私が感心していると。

どうやらひととおり笑い終えたらしいお嬢様が
笑顔を残したまま、再び話しかけてきた。

お嬢様
お嬢様
……津ノ井さんって、
とっても楽しい御方おかたなんですね
サト
サト
へ?! そ、そう?
お嬢様
お嬢様
ええ
サト
サト
ど、どのへんが?
お嬢様
お嬢様
そうですねぇ……
お嬢様
お嬢様
……しいて言うなら、
“雰囲気” とでもいいましょうか

この短い間に非常に豊かな表情を
なさっておられたので、
つられてわたくしの心まで
おどりはじめてしまいましたわ

つまりは
“私の顔がおもしろかった”ってことかいっ!!


確かに昔から
「サトはほんと、
 感情がコロコロ顔に出る子だねー」
とかよく言われるけどさ……。




……ま、いっか。

お嬢様は喜んでるみたいし。

ミホナ
ミホナ
申し遅れましたが、わたくし
吉成よしなりミホナと申します

以後、お見知りおきくださいませ
サト
サト
あ、はい! 

えっと吉成さんは……
ミホナ
ミホナ
“ミホナ” と
呼んでくださって結構ですわ
サト
サト
そう? 

じゃ私のことも
サトって呼んでよ!
ミホナ
ミホナ
では遠慮なく……
ミホナ
ミホナ
サトさん、
どうぞよろしくお願いしますね
サト
サト
こちらこそよろしく、ミホナ!

……えへへ。

なんかいいね、こういうの。


クラスメイト女子A
なんだよっ!

ミホナってば、もう
転校生ちゃんと仲良くなったんだ?
クラスメイト女子B
ちょいっと早すぎー☆

おっと、
新キャラ2人いきなり登場。
クラスメイト女子A
転校生ちゃん!
うちらもサトって呼ぶからね!
クラスメイト女子B
ってなわけでサト、
せっかく同じクラスなんだし
仲良くやろーぜ☆
サト
サト
あ、うん、よろしく……
クラスメイト女子A
でさっ! 
サトって鳥取の高校から
転校してきたんだろ?
サト
サト
う……うん、まぁ……
クラスメイト女子B
じゃーちょっと
聞きたいコトがあるんだけどー
サト
サト
えっと……

な、なんかこの2人、
ずいぶんグイグイくるんだけど?!



とまどい気味な私に
助け舟を出してくれたのは……。

ミホナ
ミホナ
カエさんにエリコさん、
そういったお話をなさるより先に

まずはご自分の紹介から
なさるべきではないでしょうか?
優しく笑うミホナちゃん!


カエ
は! 確かにっ
エリコ
そーかも……

おや、意外と素直な模様。
カエ
……じゃ仕切り直して、
わたしからいくよ?
エリコ
おっけー☆
カエ
わたしは広岡ひろおかカエ、
絵を描くのが趣味だから部活は美術部!

まっ、このあいだ
入ったばっかなんだけどさっ

そんでこっちはエリコ!
エリコ
若葉わかばエリコでーす☆
じゃさっそく質問だけどー
カエ
あ、ちょいストップ!
エリコをさえぎったカエが、
にやにや笑いながら私を見る。
カエ
……ねぇサト、
先に一応言っとくけどさ、
エリコってば新聞部なのよ

だからうっかりエリコに
秘密とかしゃべっちゃったが最後、
でかでかと学校新聞の記事に書かれて
学校中に貼りだされるかもだから、
十分に気を付けなっ
サト
サト
え?
エリコ
そんなコトしないもんっ!
カエひどーい!
ぷくっとふくれるエリコ。
カエ
だってエリコ、新聞部に入ってから
「どっかにスクープとか
 転がってないかなー☆」って
しょっちゅう言いまくってんじゃん!
エリコ
そりゃそーだよ!

エリコは将来
マスコミ業界に入りたいし、
だから今のうちから
取材経験とかつんどきたいしー
カエ
ほら、記事にする気じゃん
エリコ
しないっ!!

今のマスコミはねー、
プライバシー侵害とか守秘義務とか
あと、えーと……こ、こ……
……こんぷらいあんす、だったっけ?

なんかそーゆーの
イロイロうるさいらしーから、
記事にする内容は
ちゃんと選ばなきゃいけないのっ!
エリコ
そんなコト言ったらカエのほうが、

……
カエ
どああぁっッ!!!
サト
サト
?!
ちょっとカエ、急に叫ぶからびっくりしたよ?
エリコ
……あ

カエごめーん、
つい言いかけた・・・・・かも☆
カエ
別にいいよっ! 
言い過ぎたわたしも悪かったし

ん?
言いかけた?



そういやエリコが何か言いかけてたな。


何だっけ? えっと……。
サト
サト
……
カエ & エリコ
ッ?!?!

私がうっかりぽろっとこぼした言葉を
聞いた2人が、

末恐すえおそろしい形相ぎょうそうになっちゃった?!



というかその顔・・・ってさ……

……現役の女子高生が
ぜったいしちゃいけない顔だと思うよ?

カエ
……
エリコ
……
ものすごい表情のまま
同時に顔を見合わせた2人は、

これまたピッタリ同じタイミングでうなずく。
カエ & エリコ
はははははっっ!
そんな笑い方あってたまるかっ!
っていうかお前ら、息ぴったり過ぎだろっ!!




……もちろん
】ってのが何のことか
気にならないわけじゃない。

でも2人ともごまかしたいみたいだし、
今はいったん話を変えたほうがよさげだね。



そう思った私は、
“何も気づいてない感じ” の
貼り付けたような愛想あいそ笑いで話を変える。
サト
サト
そういえばさっきエリコ、

私に聞きたいことがあるみたいなこと
言ってなかったっけ?
エリコ
ン??
きょとんとするエリコ。


そのあと数秒間、
不自然に目が泳ぐ。
エリコ
……あ、言ったかもー☆
お前、一瞬忘れてただろ?
エリコ
んっとねー
聞きたかったのはねー

なんでサトが薔薇高バラコーに来たか
って理由ワケだよ☆
サト
サト
バラコ―って?
ミホナ
ミホナ
私立 薔薇ヶ原ばらがはら学園高等学校、
略して薔薇高バラコー

つまり、
現在わたくしどもが通っている
この高校のことですわ
サト
サト
あぁ、なるほど!
いちいち正式名称だとめんどうだし
略したほうが呼びやすいよね。
カエ
で、どう? 
なんで転校してきたの?
サト
サト
別にたいした理由じゃないよ、
フツーに親の仕事の関係
カエ & エリコ
そんだけ?
サト
サト
え……そうだよ?
カエ & エリコ
ほんとに?
ほんとにそんだけ???
サト
サト
う……うん……
そんだけだけど……

なんかまた2人してグググと迫ってくるし?!


たかが転校の理由でしょ?
そんなに興味をそそられるもんじゃない
と思うんだけどな……。
エリコ
じゃあさー、なんで転校が
こんなハンパな時期だったの?
カエ
そうそう!!

「5月に転校とか普通じゃない!」
「ありえなーい!」
「絶対ワケありじゃんっ!」
って朝からクラス中
盛り上がりまくってるよ!
サト
サト
ええっ?!

そういえば、
今朝この1年D組に入ってきてから
クラスメイト達がすごくザワザワしてるなとは
うすうす感じてたんだよな……。



……まぁ確かにそっか。


フツーの転校生は
4月とか9月とか1月とか学期始めに
転校してくるもんって決まってる。


ましてや
高校入学から1ヶ月しか経ってない
“高1のGWゴールデンウィーク明け直後”
なんて中途半端な時期に
転校してくるようなレアケース、

私だって
“今の自分” 以外知らないよ……。


カエ
……でっ! 
実際のところどうなのよ!
サト
サト
えっと、
ほんとに親の仕事の関係で
急に転校するはめになっただけで……
エリコ
教えろよー☆
カエ
誰にも言わないからさ!

教えろって言われても

そもそも
教えられることが何もないから
教えようがないんだけど……。
サト
サト
あの……あの、
ほんとにそれしか理由なくて……
エリコ
ウソだっ☆ 
だってこんな時期に……
ミホナ
ミホナ
お2人ともそろそろ
よろしいのではなくて?

サトさんがお困りのようですわよ?


はっ、助け舟!!


カエ
でも気になるじゃないっ!
ミホナ
ミホナ
サトさんはもう
お答えになったでしょう?
エリコ
えー、まだカンジンのやつ
聞いてないしー☆
ミホナ
ミホナ
肝心もなにも、サトさんは
はっきり「それしか理由がない」と
おっしゃっているではありませんか

少なくともサトさんのお言葉に
嘘は無いようですし……
ミホナ
ミホナ
……これ以上は
聞いても無駄だと思いますわ

ミホナお嬢様……!


カエ
……ミホナがそこまでいうなら
エリコ
そーかも……

サト、なんかごめーん☆
カエ
あ、わたしもごめん!!
悪いことしたね
サト
サト
ううん、だいじょうぶだよ

全然気にしないで!

なんだかんだ
カエもエリコも悪い子じゃなさそうだし……

……案外、
いい友達になれちゃうのかもしんない、
なんとなくだけど。


あ、もちろんミホナもね!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 キーンコーンカーンコーン
 キーンコーンカーンコーン

サト
サト
ふぅ……

午前中の授業、やっと終わった……

やっぱ学校によって
授業のやり方って全然違うんだね。

慣れるまでちょっとかかりそう。



ミホナ
ミホナ
サトさん、昼食はどうなさいますか?
サト
サト
昼食……?

ふと目に入ったのは、教室の壁の掛け時計。

時計の針が指しているのは12時ちょうど。
ってことは……。
サト
サト
……はっ!
そっか、お昼だ!
サト
サト
そういや
めっちゃおなかすいてるよー
ミホナ
ミホナ
サトさんはお弁当派ですか?
サト
サト
ううん、前の高校の時も
お昼ってほとんど買って食べてたなー

薔薇高バラコーの人って、
みんなお昼どうしてるの?
ミホナ
ミホナ
そうですわね……

お弁当派と購買派と学食派とが、
ほぼ同数いらっしゃる
といった具合でしょうか?
サト
サト
ミホナは?
ミホナ
ミホナ
わたくしは基本、学食ですわ

我が校の学食、リーズナブルで
とても美味しいと評判なんですのよ
サト
サト
えっ、そうなの?!
ミホナ
ミホナ
あらサトさん、
急に元気になられましたわね
サト
サト
だってさ、安くておいしいって
サイコーじゃん!
ミホナ
ミホナ
うふふ……

ではよろしければ
学食までご一緒しませんか?
サト
サト
いくいくっ!
わぁ、すっごい楽しみーっ!!
カエ
ねぇ、学食なんだけどさ
エリコ
エリコたちも
一緒に行っていいかなー?
ミホナ
ミホナ
あら、カエさんにエリコさん

わたくしは問題ありませんが、
サトさんはいかがでしょうか?
サト
サト
もちろんOK!
カエ
じゃあ急いだほうがいいねっ! 
エリコ
早くしないと日替わりランチ
売り切れちゃうよー☆
サト
サト
日替わりランチ?
ミホナ
ミホナ
我が校の学食において
1番人気のメニューですわ

数量限定ということもあり、
すぐに売り切れてしまいますの
カエ
今日の日替わりランチのおかず、
何だと思う?
エリコ
はいはーい
「チキンステーキだと思う」に1票☆
カエ
あっいい!

学食のチキンステーキ、
定番って感じでうまいもんねっ
エリコ
焼き立てで、
カエ
皮パリッパリッで、
カエ & エリコ
中は肉汁にくじゅうたっぷりジューシィで!!
サト
サト
(……じゅるり……!)
うわぁお!!
そのチキンステーキ食べたいっ!!
ミホナ
ミホナ
本日の日替わりランチが
チキンステーキかどうかは
わたくしには分かりかねますが、

なんにせよ
急いで向かったほうがよいのは
事実だと思いますわ
サト
サト
そっか!!
日替わりランチ
売り切れちゃうもんね!

急がなきゃッ!!

席を立ちあがった私は
教室うしろの出入口のドアへと猛ダッシュ!


そのまま廊下へ……。

ミホナ
ミホナ
あっ




 ドンッ!!! 



サト
サト
ひゃっ?! いたッ!

教室から廊下へと飛び出た瞬間、
私は、勢いよく誰か・・に激突。

その勢いのまま、
派手に尻もちをついて転んでしまった。
??
??
ねぇ君、大丈夫?
どっか痛むところはない?

ぶつかった相手の男の子が
声をかけてきてくれた。


そりゃ
全く痛くないわけじゃないけど、
別に騒ぐようなレベルの痛みでもない。
サト
サト
あ、はい、
だいじょうぶで……
サト
サト
(……ん? 待てよ……?)

今ぶつかったの、完全に
私が走って教室を飛び出したせいだよね……?

ということはどう考えたって
一方的に私だけが悪い・・・・・・・・・・じゃん!!
サト
サト
す……すいませんっ!!
ごめんなさいっ!!
??
??
ええと……気にしなくていいよ
僕のほうも特に問題はないし
サト
サト
だけど私が
前を見てなかったせいでっ
??
??
いや全く気にする必要はないから
とりあえず君は顔を……
サト
サト
でもっ!
どう考えても私のせいで……
??
??
いいからっ

まずは君が顔を上げてくれないと、
僕のほうが困る・・・・・・・んだけど!
サト
サト
ふへっ……?

相手の男の子の不思議な言葉・・・・・・を聞いて
思わず冷静さを取り戻した私は、

いつの間にか自分が
廊下の真ん中で
土下座・・・をしていたことに気付く。



慌ててバッと頭を上げると。
サト
サト
?!
まるで円を描くかのように
私たち2人の周りを
“大勢の学生ギャラリー” が
取り囲んでいたのだった。



……って!
これじゃ私たちさらし者状態じゃん!

そりゃ相手の男子も困っちゃうよっっ!!

??
??
……君、
本当に怪我はない?

大丈夫?

穏やかな声が聞こえた。

こんな状態になってまで
まだ私の心配をしてくれるとか、
すごく優しい人なんだと思う。
サト
サト
あ……はい、
だいじょうぶで……

返事をしつつ
何気なく声のほうを見上げる。




瞬間。


サト
サト
 ! 


世界のすべてが、動きを止めた。





「おいおいそんな大げさな……」
って思うでしょ?


でもね、全然大げさでもなんでもないの。

“彼” と視線が合った瞬間、
その宝石みたいにきらめく瞳から
目が離すことができなくなって、


と同時に


私の呼吸も、
心臓の鼓動こどうも、
そしてまわりの空気でさえも、
ぴたりと静止するのがわかった。





そう感じてしまうぐらい

相手の男の子は
かっこよくて
キラキラしてて

そして……

とっても “いい匂い・・・・” だった。


??
??
……立てるかい? 


再び “彼” が言葉を発した瞬間。


止まっていた世界は、
ゆっくりゆっくりと動き始めた。


??
??
ほら、つかまって

差し出してくれた手に
そーっと遠慮がちに触れてみる。



“彼” は優しい気づかいを絶やすことなく、

立ち上がろうとする私を
最初から最後までしっかり支えてくれた。
サト
サト
あ、あの……
??
??
なんだい?
サト
サト
……ありがとう、ございます

高鳴る胸を
なんとか無理やり落ち着かせて、

一生懸命しぼりだすようにお礼を言う。
??
??
どういたしまして
サト
サト
(ずきゅーーーん!!)




な、
なな、
なんだこの
破壊力たっぷりの笑顔はぁぁあぁーっ!!



















……さん……

…………トさん……

ミホナ
ミホナ
……サトさん! 

しっかりしてください、サトさん!!
サト
サト
……はぅっ!!
ミホナ
ミホナ
よかった……気が付いたようですね
サト
サト
気が付いたって?
カエ
サトったらさ、立ったまま
動かなくなっちゃうんだもん
エリコ
びっくりするよねー☆
サト
サト
え?

確か男の子にぶつかって……
起こしてもらって……


……おや?

あとの記憶がない……??
カエ
なんだよサト、
まだぼけっとしてんの?
サト
サト
うん……なんかまだ
頭がうまく働いてないみたいで
エリコ
しょーがないよ

あの近さで白薔薇王子しろばらおうじ
見つめられちゃったんだもーん☆
サト
サト
白薔薇王子って、さっきの男の子?
カエ
うん!
サト
サト
白薔薇、王子……
……ずいぶん変わった名前なんだね
エリコ
ちがうちがう、
王子はニックネーム的なやつ☆
サト
サト
ってことは、名前は別な感じ?
ミホナ
ミホナ
そうなんです

先程の男性は2年生の
綾小路皇太郎あやのこうじこうたろう” という先輩で、
我が薔薇ヶ原学園高等学校の
理事長のお孫さんでもあるのです
カエ
綾小路家って
会社をいくつも持ってて、

ミホナの家と同じぐらい
お金持ちなんだよね!
エリコ
そー☆

しかもあのキレイな顔に、
おだやか系のイケボ!
カエ
とうとい!
エリコ
しんどい☆
カエ
ヤバい!
エリコ
つらーい☆
カエ & エリコ
まじかっこいいーーっ!!
ミホナ
ミホナ
……とまぁこのように

綾小路さんは
学内の女子の皆様から
非常に人気を集めているようですの
ミホナ
ミホナ
そして
学内でただ1人彼専用の
い特注制服を着用している点、

薔薇・・高の理事長のお孫さんという点、

そしてその整った容姿が、
まるで物語に出てくる
王子・・のようだという点、
ミホナ
ミホナ
以上3点よりついたニックネームが
白薔薇王子・・・・・” というわけですわ

略して “王子” と呼ばれる方も
多くいらっしゃいますわね
サト
サト
へぇー……

女子に人気ってことは
やっぱミホナも?
ミホナ
ミホナ
滅相めっそうもない!!
サト
サト
?!
ミホナ
ミホナ
わたくしはむしろ……
むしろ……
ミホナ
ミホナ
……うふふふふふふ……

ちょっとミホナ、目が死んでるよ?!




エリコ
……ありゃ☆

サトったらやっちゃったねー
サト
サト
え?!

私、なんか
変なこと言ったかな?
カエ
一般的には変じゃないと思うけど……

わたしとエリコとミホナって
小学校からの同級生なんだけどさ、
ミホナってば会った時にはもう
筋金入りの "男嫌い" だったんだよね
サト
サト
男嫌い?
エリコ
アタシらも
詳しく理由とかは知らないよー?

知ってるのは
イケメンであればあるほど嫌い
ってことぐらいかなー☆
カエ
白薔薇王子って
「まさにっ!」って感じの
正統派王子系イケメンじゃん?
サト
サト
でも、さっきまでは
ミホナも普通に喋ってたよね?
エリコ
いつもは顔に出さないよー
すごくがんばってるみたい☆
カエ
だけどずっと我慢してるせいか、
時々何かがきっかけで
プチッって糸が切れたみたいに
おかしくなっちゃうんだよね……

ほら、こんな感じでさっ
と苦笑いしながらミホナを指さすカエ。
ミホナ
ミホナ
……ふふふ……

うおっ、
まだ生気が消えたままだし!

さっきまでは
癒し系の穏やかスマイルだったのに、
何度見てもギャップがすご過ぎ!
サト
サト
ミホナ、だいじょうぶかな?
エリコ
だーいじょぶだって☆
カエ
ほっときゃそのうち元に戻るから!
サト
サト
あ、そうなんだ……


まぁでも今度からミホナの前じゃ
男子の、特に “王子” の話は
なるべくしないほうが無難かもな……。




……王子?


サト
サト
そういえば、
王子本人ってどうしたの?

あたりを見回しても、
どこにも王子の姿はない。



というか王子だけじゃなく
あんなににぎやかだったギャラリーも
既に解散済みで、

さっきまでの騒ぎが嘘だったかのように
廊下は日常の静けさを取り戻している。
カエ
あぁ、王子なら
とっくに行っちゃったよ
エリコ
そーそー☆

サトが急に動かなくなっちゃうから
王子も心配そーだったけど
カエ
「後はうちらに任せてください!」
ってことでバトンタッチして
行ってもらったんだ!

王子には迷惑かけたくないしねっ
エリコ
にしてもさー、
あの白薔薇王子と直接話せるなんて
ホントにラッキー☆
カエ
だよねっ、
ある意味サトに感謝だよ!
エリコ
サトもついてるよねー
転校初日から王子に会えるとかさ☆
カエ
しかもお姫様みたいに
助け起こしてもらえるとか
カエ & エリコ
きゃ~!!
うらやましぃぃ~~!!
カエ
あ、王子と言えばさー……


マシンガンのように
女子トークで盛り上がり続けるカエとエリコ。


まるで朝起きた直後みたいに
ぼーっとした感じが残っている今の私の頭じゃ、
2人の猛スピード早口に
ついていくのはちょっと厳しい。




えっとミホナ……ミホナはっと。

ミホナ
ミホナ
……ふふふ……ふふ……

まだこっちに戻ってきてないんかい?!
どんだけ王子に拒絶反応を起こしてるんだよ!





カエとエリコの女子トークも
相変わらず全然終わりそうな気配がないし……


……もう、
ある意味カオス。

サト
サト
この状況、どうやって
収拾しゅうしゅうつけりゃいいんだか……
サト
サト
はぁぁ…………

自分でも何がなんだか分かんない
やり場のないモヤモヤに耐え切れなくて
思わず大きなため息をつく。


ついでに
モヤモヤを体の外に押し出すみたいに
おなかの中にたまった空気を
ぜーんぶ吐き出してしまう。



肺がからっぽになったら
今度は新しい空気に入れ替えようと
思いっきり息を吸いこみ始めたところ。

サト
サト
あれ? 
この匂いって……

……間違いない!
白薔薇王子からしてた “いい匂い・・・・” だ!!


パズルのピースが
かちっとはまると同時に、
私の胸が凄い勢いでドキドキしはじめた。




この匂い、
あっちのほうに続いてるみたい。

ってことは王子も……!!


ミホナ
ミホナ
はっ!
ミホナ
ミホナ
サトさん!
どちらに行かれるんですか?

反射的に駆け出そうとした私を、
正気に戻ったらしいミホナが呼び止めた。

サト
サト
ごめんっ、ちょっと用事できた!
学食は3人で行って!

私はそれだけ言い終わるやいなや、
王子が残した匂いをたどって走りはじめたのだった。

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