目の前の彼女は、目を細めて、少し冷たくオレを見る。
…死んだ。今迄こんなに、危機を感じたことは無い。そんな具合だ。
嫌な汗が出てきて、口もはっきりと動いてくれない。
オレはしどろもどろになりながらも、言い訳を考えた。
嘘が通じないのか、彼女は体を前に曲げて、下からオレを見上げてきた。彼女の目は全てを見透すような目で、オレは視線を合わせることができなかった。
彼女はじわじわと迫ってくる。オレは構えていた手を前にやり、後ずさりしてしまった。
後進していくうちに、左足が海水に触れた。
バシャッと音が聞こえて、彼女の歩みも止まる。ただ止まるのはオレの方が早く、目の前に彼女の顔があった。
いつもなら、女の顔が近かろうが、意識は全くしない。なのに今は、不思議と顔が熱い。
なぜかオロオロするオレに、彼女は更に近づいた。
彼女は顔を青くして、両手で口を覆った。
少し下を向いた彼女を見て、瞬間的に、昼間の虎愛との会話を思い出した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!