―――――※妄想中※―――――
唇に優しく触れる白い指。私の言葉は遮られた。
愁様に抱き寄せられて、淡い茶色の瞳が近づいていく。そして、互いの鼻が触れ――
――――――ダンッ―――――(※妄想終了)
私、月森姫花16歳。大好きな愁さんが営む自転車屋の扉を開け放って、生まれて初めての告白をした。
私の妄想を現実にするため――だけど。
私の王子様は知らない女性と抱き合っていた。
しかも笑われた⁉ な、なんなの⁉ この泥棒狐はぁあ‼ 私の王子様に抱きつくなって羨ましい‼
結婚――。その言葉は容赦なく私の妄想を粉々に砕いた。
――ぐふっ。く、くちから血が……。
眼の前でイチャイチャする二人に耐えきれなくなり、私は思わず胸の内から湧き出た想いを吐き出して――逃げた。
後ろが騒がしいけど、それどころじゃない。
心がぐちゃぐちゃしていて、胸が締め付けられるように……痛い。それに――。
私は自分の自転車に跨がり、ペダルを漕いで! 漕いで! 漕いで! 漕ぎまくった。
一刻も早く、自転車屋から遠ざかるために。
ああああぁ‼ 自分の妄想癖が恨めしいぃ‼
ついついイケメンを見たり、優しくされると自分をシンデレラに置き換えて王子様妄想してしまう。
このポンコツ頭を殴りつけてゴミ箱に捨ててやりたい‼
それに婚約者ってなによ⁉ そんなの聞いて――
――――――ブヂィンッ―――――――
自転車のチェーンが切れた⁉ ブ、ブレーキをっ――
―――――ガンッ―――――
なにかに乗り上げたと思ったら、私は空を飛んでいた。
視界は青い空が広がっていて、端には同じように空を飛ぶ自転車が――あれ? これ飛んでるんじゃなくておち――
おしよせてくる重圧に、私は恐怖で体が縮こまり、瞼をぎゅっと閉じると――
―――――――ドバァンッ―――――――
――――川へと落下していた。
ど、土手の下が川で助かった……。は、はやく川から出ないと‼
泳ごうと手足を動かそうとして、ふっと重大な事を思い出した。
私――カナヅチだった。
ジタバタと手足を動かしても浮上しないぃ⁉ そ、そうだ犬かき‼
テレビで浮くならこれが一番って――沈んでる⁉ な、なんで⁉ 私重くないよ⁉
妄想でも王子様が軽々お姫様抱っこしてくれるから重くないはず⁉
し、しまった。思わず口を開けて――き、貴重な酸素がぁ! だ、だめ。意識が薄れていく。
私……ここで死んじゃうんだ。
…………お父さん、お母さん。
今度は貧乏じゃなくて裕福な家庭で私を生んで下さい。
そして、まだ見ぬ私の王子様。先立つ不幸をお許しくださ――
冷たい――でも、どことなく優しさがこもっている声音。
それに、なにか温かいものに包まれている感じがする……だれか助けてくれたの?
徐々に晴れていく視界に映ったのは――
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。