他にも、未来や過去の自分になりきって手紙を書いてみたり、その逆に未来や過去の自分に返信を書いてみたり。
とにかく、竹間の発想や行動はおもしろく、文香は飽きなかった。
入部前の約束通り、字の上達を臨んだ文香のために、練習帳を譲ってくれたり、直接教えてくれたりしている。
放課後の二人だけの時間は、のどやかで、楽しい。
そして、文香は――竹間のことを、異性として好きになっていった。
最初に会った時、笑いかけられて胸をときめかせたのは、間違いではなかったのだ。
彼はいずれ卒業してしまうが、それまでに告白できたら、と思っている。
「何か一つ頑張りたい」と踏み出した文香の背中を、そっと推してくれた彼のことが、文香は好きだ。
そんなことを思いながら、文香が次の便箋をはぎ取ろうとしていると、失敗してしまった便箋を竹間が覗き込んだ。
機械的な文字が並んでいると、誰が誰だか分からない。
本当にその人が書いたものかも、確信は持てない。
手紙のよさを、文香も理解しつつあった。
引退なんてまだまだ先、と思っていたが、もう六月も終わりに近づいている。
試合も大会もない部活だが、竹間にも受験があるのだ。
ずっとここにはいられない。
そのことをすっかり失念していた文香は、言葉に詰まった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!