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【文通部】という木製の札が掛かった部屋の前で、文香は立ち止まった。
中から声は聞こえてこないが、照明は点いている。
部員が誰かいるようだ。
文香は徐に二回、扉をノックした。
男子生徒のくぐもった返事が聞こえ、文香がドアノブを握ろうとすると、それよりも先に扉が内側へと開いた。
中から姿を現したのは、長身の男子生徒だ。
細身で華奢だが、温厚で優しそうな顔をしている。
彼は文香を見下ろすと、目尻を下げて微笑んだ。
現時点では入部希望者がいない、ということだ。
文香が部室の中へ入ると、あと一人、男子生徒が机に向かって作業しているのみで、他は誰もいない。
つまり、今活動しているのは、実質二人だ。
文香が戸惑っていると、作業をしていた男子生徒が顔を上げ、意地悪そうに問いかけてきた。
その顔には見覚えがある。
窪田の手元には、途中まで書かれた縦書きの便箋と、万年筆が置いてある。
近くに封筒もあるところを見ると、誰かと文通をしているのは確かのようだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!