第10話

3.シンデレラのドレスは九十六時間-2
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2018/09/21 03:03
前原 奏
前原 奏
ほらさ。小学校の低学年男子は好きな子をかまいたくてもかまえなくて、愛情の裏返しでいじめちゃうじゃない。気を引きたくて筆箱隠してみたり、嫌がることをわざと言ってみたり。でも宇城のはそこまでもいってないんだよね
島本 波菜
島本 波菜
え?
前原 奏
前原 奏
幼稚園児は小学生ほどの羞恥心がまだ育ってないから、好きな子にひたすら独りよがりな愛情を押しつけちゃうのよ
島本 波菜
島本 波菜
どういうこと?
前原 奏
前原 奏
うちの良哉……弟ったらさ、大人に絶賛されるロンダートを、園庭にいる好きな子の目の前にとことこ出てって無言でやるんだよ? 連続で何回も。女の子、目ぇぱちくりさせちゃって……。あれ、絶対意味わかんないと思う
ロンダートって、両手を地面について一回転、側転の体勢から最後は両足揃えて着地する、あれだよね?

奏の弟の良哉くんはまだ四歳。幼稚園の年中さん。四歳でロンダートができるなんてそれはすごい。姉に似て運動神経抜群だな。

だけど確かに、いきなりあれをやられたところで、女の子はぽかんとするだけだろう。

かっこいいアピールをしたいんだと、まわりの大人にはわかる。めちゃくちゃかわいいし微笑ましい。

だけど……。
前原 奏
前原 奏
そのうち、ちゃんと言葉で誘ってきた男の子にその女の子はかっさらわれて、二人で行っちゃってさ。いいとこ見せようと頑張った良哉は、地べたにお尻と両手をついて走り去る二人を見送ってるの。もう……姉として憐れで憐れで
奏はハンカチで涙を拭くまねをした。
島本 波菜
島本 波菜
確かにそれは想像するだけで切ないよ
前原 奏
前原 奏
良哉と宇城はレベルが同じなんだよね
島本 波菜
島本 波菜
え? どういうこと?
前原 奏
前原 奏
だからその、見当はずれの携帯画像だよ。モデルばりの、送られてきた数十枚の写真
島本 波菜
島本 波菜
…………
わたしは制服のスカートのポケットに入っている携帯を、上から押さえた。
前原 奏
前原 奏
ね? 波菜だって理解できないでしょ? でも良哉と一緒で、宇城は一番かっこいい、って人に言われたもので猛烈アピールしてるんだって
吉住 凜子
吉住 凜子
なるほどねー。あいつバカだもんね
凜子がチャチャをいれる。
島本 波菜
島本 波菜
別に宇城くんはバカじゃないでしょ? そりゃ成績はよくないけど、機転が利くっていうか、瞬時の判断ができるっていうか……。とにかく頭が悪いわけじゃないよ
前原 奏
前原 奏
成績は『よくない』じゃなくて『究極に悪い』だね
奏の言葉に猛烈な反論をする。
島本 波菜
島本 波菜
だけど! サッカーだと今のチームの司令塔みたいだよ? あの計算された的確な指示は頭が悪かったらできないよ
前原 奏
前原 奏
計算っていうより野性の勘だって話だけどね。サッカー部でのニックネームが野獣だもん。有名だから波菜だって知ってるでしょ?
島本 波菜
島本 波菜
それってどうなのよー! あんなきれいな男の子に対して野獣ってー!
でも本人が全く意に介さないから、わたしなんかが文句をつける筋合いじゃないのだ。

さっきは計算だなんて言ったけど、宇城くんのパスまわしや指示は意表をつくことが多くて、確かにその瞬間その瞬間に頭の中でとっさに生まれる戦法、いやもう本能みたいに見えることがある。

だから野性の勘が鋭すぎて強い、手ごわい、って褒め言葉で校内からも校外からもそう呼ばれているのだ。

野獣っていかにも野蛮そうで、個人的にはあんまり好きな通り名じゃないけど。

だいたいわたしが苦労して入ったこの日向坂高校は、一応世間の評価では進学校だ。宇城くんだって補欠とはいえ立派に入試を突破しているわけで……。
前原 奏
前原 奏
なんだかんだで、たいがい波菜も宇城のことになるとムキになってかばうもんね
島本 波菜
島本 波菜
そういうわけじゃない
わたしはそっと横を向いた。
前原 奏
前原 奏
まあいいや。決まりね、波菜。宇城に別荘は三人でお招きにあずかります、って、あたしから返事しとくわ
奏が嬉しそうにまとめた。
島本 波菜
島本 波菜
うん……
吉住 凜子
吉住 凜子
きゃーっ! やったー! 三人で服買いに行こうよ。服! こんな素敵な別荘なんだから、ラグピュアリーなドレスとか欲しーい!
前原 奏
前原 奏
ラグピュアリーじゃなくてラグジュアリーだよ、凜子。あーあ、やっぱあたしたちは所詮庶民よ
大喜びする奏と凜子を眺めながら、複雑な気持ちになる。

とくに多田山くんのことが気になっているらしい奏にとっては、三泊四日もこんな素敵な別荘で一緒に過ごせるなんて、夢のようなんだろう。進展するといいな。

複雑なわりにはわたしも充分ウキウキしているか。

例えばきっと、奏が多田山くんに惹かれていなくたって、結局わたしは自分の欲望に負けてこの旅行をOKしてしまったような気がする。奏のせいにするなんてよくない。

でも奏は未来があっていいな。好かれる可能性があっていいな。

奏も凜子も、宇城くんがわたしを気に入っている、なんてお気楽な勘違いをしている。そんなわけはないのだ。

かっこいいけど変わり過ぎている。彼氏としちゃありえない。

そんな声はどうでもよかった。宇城くんはわたしにとって絶対的なヒーローだった。

でも入学してから偶然知ってしまった事実がある。

宇城くんがわたしをからかったりちょっかいを出したりするのは、別に好きだからだというわけじゃないのだ。

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