第3話

1.残念王子に奇跡の再会-2
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2018/09/07 01:42
その後、二教科の試験を受け、わたしたちは事務室に呼ばれた。私立模試で三教科しかなかったことがありがたかった。気まずい時間を長く過ごさなくてすんだ。

最初は個別の部屋に通された。
試験監督
湊川第二中学三年、島本波菜。間違いないね?
島本 波菜
島本 波菜
はい
そこでいろいろと聞かれ、その後さっきの男の子と一緒の部屋に案内された。

そこでもまた質問攻めにあったけれど、わたしたち二人に以前からの接点はない。消しゴムにも細工がなく、三教科の解答にも不審な点がみつからなかったことから、その場で無罪放免になった。

次からは紛らわしい行動をとらないこと、試験にくるのに消しゴムを忘れるなんて言語道断だと、その男の子は厳重注意を受けていた。紛らわしい行動をとったのはわたしだ。

でも男の子は終始無言で素直にうなずいていた。
島本 波菜
島本 波菜
あの……ごめんなさい。わたしすごく余計なことしたみたいで……
事務室の前の廊下でわたしは男の子に頭を下げた。
宇城 朔哉
宇城 朔哉
いんや、こっちこそごめんな。俺が消しゴム忘れたりしたから、君を巻き込んじゃって。てかすごいよね
島本 波菜
島本 波菜
え?
宇城 朔哉
宇城 朔哉
あの状況で困ってる人に消しゴム貸そうとするなんて。めっちゃ勇気あるなと、俺感動したわ
島本 波菜
島本 波菜
えっ?
わたしは目をみはった。

勇気? 感動? わたしが人にそんなものを与えたりできるの?

でもそうだ。わたしの今日の行動に一番驚いているのは、まぎれもない自分自身。

わたしのどこにこんな勇気が眠っていたのかと仰天している。わたしって、もしかしてやればできる子?

引っ込み思案なわたしは自分に自信が持てない。

運動神経もよくないから、小学生の頃は鬼ごっこで延々鬼だったり、ドッジボールですぐ当たってチームメイト、特に男子に舌打ちされたりしていた。

失敗すると赤面しちゃうのを笑われるだけじゃすまない。小学生はまだ男子のほうが幼くて、その場の感情に支配されがちだった。口汚く攻め立てるのは男子が多い。

それもわたしが男子を苦手になってしまった理由のひとつだ。

そういう男子との間に仁王立ちし、突き飛ばす勢いでわたしを守ってくれていたのが女の子である奏。幼稚園に入る前から現在に至るまでのわたしの親友だ。

小さい頃から頼りになるのは男子じゃなくて、正義感の強い女の子の友だちだと刷り込まれてきたところがある。

でも今日、わたしは困っているこの男の子を助けようとした。男子だったのに! なぜか!

その結果、この男の子から勇気があるとか感動した、なんて言われたことで、自分をまるごと肯定してもらえたような錯覚におちいっている。

男子を、今までとは違う生きものだと認識した瞬間だったのかもしれない。

歩く廊下の色さえ違って見えた。中学の廊下よりも大学のものは白っぽくて明るいけど、そこじゃないんだ。

もしかして男子苦手症候群を、わたしはちょっとだけ克服した?

人の引けた空間を二人、並んで歩いた。

名前も知らないこの子は着崩した学ランに、甘さを残すシャープな横顔が絵になる。日に焼けすぎていることに目をつぶれば、タレント事務所の筆頭若手俳優だと言われても納得しちゃうレベルだ。

それにしても……。わたしがこんなに勇気を出したのは小学校五年のあの時以来。相手はあの時と同じように男子。

なけなしの自信と奮い立たせた勇気を全否定され、わたしの小さな世界を根底からひっくり返す結果になってしまったあの四年前の出来事を思い出す。

あれから、子供心に身の程知らずな行動は決してすまいと誓った。いろんな要因で男子が苦手だ。

でもできれば避けて通りたいとまで萎縮してしまったのは、確実にあの時からだ。

でもでも。今、わたしが勇気を出したことを、同じ男子であるこの子が認めてくれた。なんだかとても不思議だ。
宇城 朔哉
宇城 朔哉
第一志望、どこ?
島本 波菜
島本 波菜
日向坂高校。えっ? あ……
わたしは、その子に自分の志望校をすんなり答えていた。聞き方が直球すぎるし、普通は初対面の女子にそんなことは聞かないでしょ。

思考が過去に飛んでいたところにありえない質問がきて、ほぼ反射で答えてしまっていた。
宇城 朔哉
宇城 朔哉
あー、日向の坂にあるあの高校ね。そこは俺も考えて──
葛西
朔哉さんっ!
宇城 朔哉
宇城 朔哉
え? あれ? なんで葛西さん、こんなとこまで入ってきてんだ?
血相を変えて廊下を小走りでこっちに向かってくる人がいた。洗練された黒のパンツスーツに身を包んだ三十代くらいの女の人。
葛西
あんまり遅いからお迎えに来たんじゃありませんか! 事務室で聞いたらその生徒ならカンニングの疑いで事情を聴いています、なんて返されたんですよ? どんなにわたしが心配したかわかってるんですかっ?
宇城 朔哉
宇城 朔哉
間違いだって
葛西
そうみたいですね。でも昨日のうちからちゃんと用意しておけば、そんなことにはならなかったはずでしょ?
宇城 朔哉
宇城 朔哉
うるさいな
葛西
今朝だって遅刻しそうになるから、わたしが仕方なく送るはめになったんです。まあ朔哉さんが気乗りしてないからお目付け役的な──
宇城 朔哉
宇城 朔哉
ちょっと葛西さん、もう帰るよっ。そんじゃーね。お互いがんばろうね
その男の子はそうさえぎると、葛西さんと呼んだ女性を出口のほうに無理やり押し出しながら、わたしに手を振った。数歩進んでから振り返り、つけ加える。
宇城 朔哉
宇城 朔哉
またね
島本 波菜
島本 波菜
はぁ
どんな関係の人? 葛西さん、なんて他人行儀な呼び方。お母さんじゃないのはわかる。雰囲気としてお手伝いさん? って感じでもない。

慌ただしく去って行く二人の後ろ姿を見送りながら、思考はさっき、志望校を口にしたことに戻っていった。

もう会うこともないからこそ、簡単に志望校を答えられたのかもしれないな。

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