この世界に魔法使いがいるということは知っている。
でも、実際に出会ったことはないし、魔法を見る機会なんてないと思ってた。
だから、空を飛んだ西内くんには本当にビックリして……全身の力が抜けてしまった。
へたへたと座り込み、ただただ非現実的な光景をながめることしかできない。
私の異変に気づいたのか、西内くんはすぐに地上に降りてきた。私のそばに駆けよると、腕で背中を支えてくれる。
西内くんの顔がごく近い距離にあって、たまらず目をそらした。
背中に彼の温もりを感じて、よけいに顔が熱くなる。
こんなに驚くことがあっても、恋心は通常運転だなんてふしぎ。
私の身体を支えて立ち上がらせてくれる間、西内くんのほおも赤く染まっていた。
ふたりとも立ち上がった後は少し距離をとった。
ほっとしたようで、もう少し近くにいたかったような気もする。
西内くんは改めて、自分のヒミツを告白した。
実際に魔法を見せてもらったのに、まだ信じられないでいる。
まさか、西内くんが……私の彼氏が、魔法使いだったなんて。
みんなにはヒミツって言ってたけど、私に教えてもよかったのかな……?
西内くんは髪をいじりながら、言いにくそうに話していた。
千秋ちゃんとの会話、聞こえてたんだ。あれは、周りに〝私は千秋ちゃんの味方〟って伝えるための言葉だったんだけどな。
気にさせて悪かったと思う反面、ちょっとうれしい。
何より、私のことを信頼して話してくれたことがうれしいよ。
西内くんは気まずそうに笑う。
西内くんは真顔で、とても冗談を言っているようには見えなかった。
本当に、私も一緒に飛ぶことができるの……?
でも、どうやって?
どうやら、ふたりでほうきに乗るつもりらしい。ってことは、いつもより近い距離まで近づくってことだよね?
そんなの、心臓が持ちそうにないよ……!
それに、いざ飛ぶとなると怖いと思っちゃう。
観覧車に乗るのとはワケが違うよね。
こんな細長いのに乗って宙に浮くなんて大丈夫? 折れたりしない……?
恥ずかしさと恐怖で、どうしても一歩がふみ出せないでいた。
西内くんは、ピクリとも動かない私をふしぎそうに見つめている。
その体勢が照れくさいんだけど……そんな風に言われたらドキドキしちゃうな。
不安な気持ちが少しずつ消えていく。
西内くんが一緒なら大丈夫だって思えてくる。
心を決めて、一歩一歩彼のもとへと近づく。
言われた通りにすると、西内くんの声がいつもより近くてすごくドキドキした。
手に汗をかきながらもしっかりと握る。
彼は私を包み込むようにほうきを持った。
想像していた通り、いやそれ以上に近い……!
まるで後ろから抱きしめられているみたい。
西内くんの温もりを感じるたびに胸の高鳴りが止まらない。
胸がいっぱいになって言葉が出てこない。
何度かうなずくのでせいいっぱいだった。
未知の世界に足を踏み入れる、その瞬間にそなえてぎゅっと目をつぶる。
すぐに足の裏が地面から離れていく。
エレベーターで高層階まであがったときのように身体がふわふわする。
目を閉じていても、少しずつ高いところまでのぼっているのがわかった。
まるで子供をあやすみたいな優しい話し方。
去年、西内くんに恋をしたあのときと同じだ。
空中っていうありえない状況なのに、どうしてだろう、心が落ち着く。
西内くんが「大丈夫」って言ってくれるだけで安心できる。
まだちょっと怖いけど、西内くんを信じてみようと思った。
私はきつく閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
空を飛んでいる、というよりは空の真ん中を泳いでいるみたいな感覚だった。
見上げるだけだった空と今は同じ目線にいる。地上にいるときよりも空気が爽やかに感じて、ほおを撫でる風は海風よりも冷たい。
そこまで高くはないのに、展望台よりもずっと眺めがいい。
子供のころにあこがれた魔法少女になったみたい! 夢でも見ているみたいだ。
背中ごしに聞こえる西内くんの声は心なしかうれしそうだった。
十分くらい空の旅をマンキツして、私たちの初デートは終了した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。