人気のない校舎裏に来て、先輩はようやく止まった。
手首を解放され、少し名残惜しい気持ちを抱きながらも尋ねる。
「先輩、どうしたんですか?いろいろ……」
「……あー…………やってしまった」
「え?」
ハァー……と肺の中の空気を全部吐き出すんじゃないかというくらいの大きなため息をついて、校舎の壁伝いにずるずると座り込んだ先輩。
初めて見る先輩の姿に、戸惑ってしまう。
「悪い……恥ずかしかったよな。俺も恥ずかった……」
「え?えと、え?先輩?」
困惑する私をよそに、先輩は再度ため息をついて片手を額にもっていき、前髪をぐしゃりと握り潰した。
「お前のこと……好きじゃないと思ってたんだよ。恋愛的な方では。でも、お前と河野が仲良さげに話してるのたまたま見て、すげぇ嫌で……多分、嫉妬した。そしたら河野がお前に手ぇ伸ばし出して、別に俺のじゃねぇのに、俺のだって叫びたくなって……飛び出してた。お前に名前呼ばれて初めて我に返った」
あ、だからあの時、息を呑んだ音が聞こえたのか……。
私は静かに先輩の話に耳を傾けていた。
「……まぁ、まとめると……お前のことが好きってことだ。こんな必死になるくらいには惚れてる」
「っ……」
そういうの……サラッと言えちゃうんですね……。
私はなんて言えばいいか分からず、両手をうちわ代わりにして熱くなった顔を扇いだ。
二宮先輩が額から手を外して瞳で私を射抜く。
「なぁ高崎。俺のことどう思ってる?」
来た。
ドキン、と胸が鳴る。授業中に何度も考えていたセリフを思い浮かべて、私は口を開いた。
――しかし声にならない。
「高崎」
「…………」
「高崎?」
「…………」
「…………」
とうとう先輩も無言になった。
ああ!!私の意気地なし!!動けよ唇、震えろよ声帯!!
目をつぶって自己嫌悪に陥る。数秒後、ぶふっと先輩が吹き出した。
「ははっ、なんだよその顔!面白すぎだろ!ったく、せっかく真面目に告ってたのに笑わせてくるとかなしだろ」
肩を震わせながら先輩が言う。少なからず私はショックを受けた。
別に笑わせたわけじゃないんですけど……。
「もちろん分かってるよ。言えねぇんだろ?だったら強要しねぇよ」
強要しない、と断言され、やった言わなくていいんだ!と、ほっとしたのもつかの間。
「ただし」
強く左腕を引かれて、先輩の胸に倒れ込まされる。
そして軽く顎をすくい上げられ、至近距離で先輩と見つめ合う形に。
「態度で示すこと。な」
にや、と意地の悪い笑みが目と鼻の先にある端正な顔に浮かぶ。
胸が高鳴る。一拍遅れて、悔しさがやってきた。
ハメられた……!態度で示すって、そっちのがよっぽど難しいじゃん!!
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。