『包丁を持っている母が』
包丁を振りかざした。
ホマレに向かって。
ザクッ
ブスッ
ザクッ
グシャ
言葉が出なかった。
母がホマレを何回も、刺している。
母を止めないと。
そう思っても、体は凍ったように動かない。
父の呼びかけにも、全く反応していない。
何回も、何回も、ホマレに包丁を刺し続けている。
ホマレは無惨な姿になっている。
ついに母は笑いだした。
それは俺が絞り出すように口にした言葉だった。
母はこっちを見た。
もちろん、そんな事は無かった。
母が俺に向かって包丁を振りかざしてくる。
ザクッ
狂った母の包丁は、俺には刺さらなかった。
父が俺をかばって母に刺されていた。
父が力無く床に倒れ込む。
母は自分が殺した2人の死体を見て、笑っていた。
目は焦点すら合っていない。
『狂っていた』
気づけば体は動いていた。
母の首を絞めていた。
指先に力をこめて絞めていた。
母は動かなくなった。
床には、3人の死体が転がっている。
__________________________
.
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!