自分たちだけの力、というか主に伊織の人望では生け贄を納豆同好会に引き込めない。
そう考えた私たちは、違和感を感じながらも金剛地生徒会長の人望に一縷の望みをかけて、上級生の勧誘へと踏み込むことに決めた。
収拾がつかなくなるから、伊織はペンライトを鞄から出さずに黙ってて、と念入りに釘を刺す。
そんな不服そうな顔で言わないで。あなたにクラスメイトとの友だちルートの可能性を潰された私だって心で泣いてるんだからね。
あなたの奇行で同級生全体から敬遠される羽目になった私だって心で泣いているんだからね。
伊織への不満は仕方なく心にとどめて、校舎二階へと階段を駆け上る。
× × ×
一年生の上履きのゴム部分は赤、二年生は緑、三年生は青である。
伊織はまい☆らいすでの推しのメンバーカラーが黄色だから黄色が良かったとか言ってたな、といらない情報を思い出す。
余談だが、私の二次元最推しアイドルも金髪で黄色がイメージカラーなので伊織と変なところで被っている。
……ん?金髪……?
口元で人差し指をピッと立てて、伊織に何度目かわからない忠告をする。
伊織に言われたとおり、気の弱そうな人を探してみる。
気弱キャラの記号。小柄、眼鏡、眉ハの字、前髪長い、俯いている、不安げな表情、手と手を胸の前でくっつけている、磨けば光る系。こんな感じだろうか。異論は受け付ける。
考えれば影、なんて言葉はないけれど、今まさに記号ぴったりの二年生男子が通りかかったので声をかける。
入学前に鏡の前で一所懸命練習した、最高のリア充スマイルで勧誘を開始する。
立ち止まってはくれたけど、露骨に目をそらされた。それどころか胸の前で人差し指同士を合わせて、いかにも困っていますという雰囲気を出してきた。
だが容赦はしない、私だって納豆同好会に所属し続けると困る。主に口先の語彙力的な意味で。
伊織曰く、私たちが退会したところで、金剛地先輩は生徒会長権限で再度、納豆同好会に所属させるつもりらしい。
納豆同好会を抜けるためには生け贄、もとい入会希望者を四人集めて金剛地先輩に献上するしかないそうだ。
この先輩に最初の一人になってもらおう。
もしかしなくても、金剛地先輩の納豆好きも相当広まってる……?
弱気先輩の顔から、さあっと血の気が引く。その間五秒。
あ、これ、失敗パターンに入ってる。私がくじけかけた途端、伊織が私の前に歩み出た。
おい、伊織。私が諦めかけた途端に、先輩を自分の道に引き込もうとするんじゃない。
弱気先輩が一歩退く。二歩退く。三歩退く。そしてよろよろと百八十度ターン。からの逃走。
開け放された窓の外から、カッキーンと、私たちとは全く関係ないホームランの音が聞こえた。
× × ×
こいつ、痛いところを的確に突いてくるな。
どうしよう、今日だけで伊織への悲しみと怒りゲージがカンストしそうだ。
× × ×
このあとも二年生を勧誘して回ったが、私が納豆または金剛地先輩の話題を出した途端に態度が一変し、最終的に失敗するというパターンの繰り返しだった。
さすがに心が折れそう。
金剛地先輩、一体どうやって生徒会長になったの?
何を格好つけているんだ伊織は。私が勧誘失敗する度に間髪入れずまい☆らいすファンへの勧誘を始めて、余計に事態をややこしくしたくせに。
とはいえ、残る希望は三年生のみというのも事実だ。
何で最後半笑いなの、とは聞けなかった。
どうせ徒労に終わるなら、せめて金剛地先輩の笑えるエピソードとか引き出せると良いなと思った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。