私、早見悠香!
この春から米麹高校に通う普通の女の子♡
初めて入る教室は賑やかでとっても良い感じ♪
良い感じ。
良い……。
……。
私は伊織の手首を掴んで教室の外に出た。
× × ×
伊織が不思議そうに私の顔を覗き込む。
切れ長の黒い瞳。日本人離れした端整な顔立ち。艶やかな黒髪のウルフカット。手足が長く、引き締まった見事なスタイル。
伊織の異常なまでに整った外見が恨めしい。少し、ほんの少しほだされそうになる。
伊織はそうやって私をからかうだけで、私に協力しない。
私の本気を相手にしない。
私は伊織を置き去りにして教室へ帰った。
ざわつくクラスメイトに、人違いだったみたいと苦しい言い訳をして、担任の到着を待った。
× × ×
入学式も終わった放課後。
私の周りから、伊織以外のクラスメイトは消え去った。
勿論比喩だ。つまるところ、伊織以外のクラスメイトから避けられるようになった。
私は人目を避けるように、伊織を屋上に連れ出した。
涙を堪えて伊織を怒鳴りつける。本当に、本当に腹が立つし、悲しい。
掴みかかろうとした私の手を、伊織の両手が受け止める。
力が、強い。
伊織が私の手を離し、教室のドアに向って歩いて行く。
伊織が私を振り返る。
こうして立っているだけなら、本当に、本当に普通の、でも、普通よりも遥かに美しい男子だ。
なんでいつも、こうでいてくれないんだろう。
そして、なんで私はそんな、どうしようもない幼なじみを放っておけないんだろう。
× × ×
学内の自販機が壊れていたため、私たちは近所のスーパー、コウエツキナーゼを訪れた。
納豆売り場を通り過ぎようとしたとき、背後から綺麗な声で呼び止められた。
伊織が私の腕を引く。視線で、声を無視しろと訴えてくる。
なぜこういうときだけ常識的な態度をとれるのか、頭が痛くなる。
はっきり言って私は声フェチだ。高校に入るまでは二次元アイドルのアプリとかでボイス再生しまくるのが日課だった。
冷川大輔さんの美声は実に良い。最も高い、つまり最高だ。彼のおかげで高校受験を乗り切れたと言っても過言ではない。高校に入るにあたってオタクを卒業すると決めたが、彼への感謝を忘れるつもりはない。美声イズフォーエバーだ。
しかし、私たちの後ろから声をかけてきたヤツは、いくら声が綺麗でも関わっちゃアカンヤツだ。確実に頭がおかしい人だ。
伊織が私の腕を引いて歩く。本当に、なんで普段からこういうしっかりした態度を取ってくれないのか。
今なら素直にカッコいいって言え……。
肩に、伊織の手とは明らかに違う、華奢さもあるが力強さもある手が乗る。
マズいと思いつつも、反射的に振り返ってしまう。
か。
サラサラと流れる綺麗なブロンド。異国の血を思わせる碧眼。掘りの深い端正な顔出ち。
伊織も大概だが、このヤバいヤツも相当に……。
私の語彙力は消失した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。