少年と別れてから、観光客や花見客で賑わう緑道を通って銀座方面へ向かったテレサだったが、人混みを歩くことに慣れていないので、そう速くは進めない。
ようやく緑道の終わりに辿り着く頃には上空に雲が広がり、風が強くなっていた。
手にしたままだった扇子をしまおうとしてポシェットの蓋を開けたところ、突然の風に煽られた白いレースのハンカチが、びゅん……! と宙へ飛んで行ってしまう。
慌てて追いかけて回収しようとしたが、努力もむなしく、ハンカチの飛行は誰かの顔に貼り付くまで終わらなかった。
と息を切らして駆けつけたテレサの目は、相手の顔を捉えて、「あ」と見開かれる。
先程、写真を撮ってくれた親切な黒髪の少年の顔が、彼の指で剝がされたハンカチの下から出て来たからだ。
驚き半分、嬉しさ半分で、笑顔になったテレサは、元気に話しかけていた。
そう言って胸のポケットからメモリーカードを取り出した少年は、ハンカチと一緒にテレサに差し出した。
すっかり受け取りを忘れていたテレサは、目を丸くして、慌ててお辞儀をしてから顔を上げた。すると、視線の先、緑道の柵の向こうに見えたものにテレサは心当たりがあった。
あまりの嬉しさに、後先考えずに、柵を乗り越えて突進する──
寸前、慌てて少年が、テレサの肩を摑んで引き止めた。
と見返すと、少年は疲れたように口を開いた。
心から嬉しそうに明るく答えるテレサを見て、少年は軽く眉を寄せる。
そう言ってワクワクしながら、テレサは大好きな『れいん坊将軍』を思い浮かべた。
『れいん坊将軍』とは、江戸幕府将軍・徳川虹宗が、江戸にはびこる悪を斬る、世直しアクション時代劇である。
将軍は、いつも抜け道の空井戸を通って城から抜け出し、旗本の姿に変装しては城下に現れ、悪事を働いた者を懲らしめるのだ。
そして一件落着すると、扇子を掲げてこの決め台詞だ。
『いつも心は虹色に!』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!