今日は土曜日。そして、クリスマスイブ!
私とクラスメイトであり親友の小笠原瞳は、歩道より少し敷地に入った場所からライブハウス全体を眺めた。
駅から歩いて七分の、中心市街地にあるライブハウス『CRADLE』は、大物アーティストも好んで選ぶ、人気会場。広い敷地内は、たくさんの人でごった返していた。
よく見るとひときわ人が集まっている場所があった。あれが入り口かもしれない。私と瞳は肩を寄せ合い、そこに向かってゆっくりとした足取りで近づいていく。
私たちは会場一帯を包む独特の雰囲気に少しきおくれしていた。
急に後ろから名前を呼ばれ、心臓が跳ねあがった。
勢いよく振り向くと、そこには幼なじみの松原翔が、ライブを観に来た他のお客さんを避けながら、あきれた顔ですぐそばまで近づいてきていた。
瞳は翔に向かってにこりと微笑むと、軽く頭を下げた。
入ってすぐの受付でチケットを渡し、奥に進む。通路の壁には有名アーティストのサイン色紙や、今後の公演を知らせる告知ポスターがいくつも貼ってあった。
奥はロビーで、ここもたくさんの人で埋めつくされていた。グッズも売っている。
私はマフラーを小さくたたみ、バッグに突っ込みながら翔に話しかけた。
信じられない! と言いたげに、翔は目をまん丸くした。
瞳の言葉に私がこくりとうなずくと、翔がしれっとした顔で言った。
瞳は成績がよくいつも学年でトップテン入りだから問題なし。翔も何事も器用で優等生。学校の推薦をもらい、どこの高校に行くのかもう決まっている。
受験のあせりから、ついうつむいていた私は翔の言葉に反応して、パッと顔をあげた。
『STAFF ONLY』と書かれた通路に翔は入って行くと、あっという間に姿を消した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!