第3話

第2章 一瞬で恋をした
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2018/10/24 05:02
小笠原瞳
花音、私こんな大きいライブハウスだと思ってなかった。すごいね……
花音
花音
本当だね。まさか翔がこんな場所でライブをするなんて……
今日は土曜日。そして、クリスマスイブ!
私とクラスメイトであり親友の小笠原瞳は、歩道より少し敷地に入った場所からライブハウス全体を眺めた。
駅から歩いて七分の、中心市街地にあるライブハウス『CRADLE』は、大物アーティストも好んで選ぶ、人気会場。広い敷地内は、たくさんの人でごった返していた。
よく見るとひときわ人が集まっている場所があった。あれが入り口かもしれない。私と瞳は肩を寄せ合い、そこに向かってゆっくりとした足取りで近づいていく。
私たちは会場一帯を包む独特の雰囲気に少しきおくれしていた。
松原翔
松原翔
花音! やっと来た……。遅いから迷子になったかと思った!
花音
花音
わッ!
急に後ろから名前を呼ばれ、心臓が跳ねあがった。
花音
花音
翔!
勢いよく振り向くと、そこには幼なじみの松原翔が、ライブを観に来た他のお客さんを避けながら、あきれた顔ですぐそばまで近づいてきていた。
花音
花音
(ん? 翔、なんかいつもと違う……。よく見たら、前髪少し上げてセットしてる?)
花音
花音
翔、こんなところで何してるの? いていいの?
松原翔
松原翔
チケットあげたはいいけど……二人とも、ライブ初めてだろ? なかなか来ないから大丈夫かなって心配で
小笠原瞳
……それでわざわざ? 準備もあるのに、ありがとう翔君
瞳は翔に向かってにこりと微笑むと、軽く頭を下げた。
松原翔
松原翔
あ……。今日はありがとう。瞳さん。花音に付き合ってここまで来てくれて
小笠原瞳
ううん。私も興味あったから。翔君がギターやってるって花音から聞いて、絶対に行きたいって思ってたの!
松原翔
松原翔
そうなんだ。来てくれて嬉しいよ。とりあえず中まで案内する。二人ともおいで
入ってすぐの受付でチケットを渡し、奥に進む。通路の壁には有名アーティストのサイン色紙や、今後の公演を知らせる告知ポスターがいくつも貼ってあった。
奥はロビーで、ここもたくさんの人で埋めつくされていた。グッズも売っている。
花音
花音
ね、今日のライブって何時まで? 帰りが遅いとちょっと……
私はマフラーを小さくたたみ、バッグに突っ込みながら翔に話しかけた。
松原翔
松原翔
俺ら『RAISE』はスペシャルゲストとして前座で演奏するよ
花音
花音
つまりトップバッター?
松原翔
松原翔
そういうこと。だから俺らのだけ聴くなら、花音の門限までには帰れるんじゃない?……どうした?
花音
花音
……終わったら、速攻帰って勉強したくて
松原翔
松原翔
勉強?
信じられない! と言いたげに、翔は目をまん丸くした。
花音
花音
……だって。受験もあるし、成績が……致命的なぐらいやばいんだもん
小笠原瞳
あ。そういえば花音は今日、塾で模擬テストがあったんだっけ
瞳の言葉に私がこくりとうなずくと、翔がしれっとした顔で言った。
松原翔
松原翔
テスト明けくらい別にいいだろ
花音
花音
よくない! 二人は頭いいけど私は……。今日のテスト、半分以上わからなかった……
瞳は成績がよくいつも学年でトップテン入りだから問題なし。翔も何事も器用で優等生。学校の推薦をもらい、どこの高校に行くのかもう決まっている。
花音
花音
(……いいなぁ。私も『テスト明けくらい別にいい』とか言える優秀な頭が欲しい……!)
松原翔
松原翔
うちのボーカル、めっちゃかっこいいんだ
花音
花音
ん? ボーカル?
受験のあせりから、ついうつむいていた私は翔の言葉に反応して、パッと顔をあげた。
松原翔
松原翔
『キョウ』って名前なんだけど、歌がずば抜けてうまい。だからま、後悔しないと思うよ。……と、そろそろ俺、戻んないとだから行くわ。楽しんでいって。花音と瞳さん!
小笠原瞳
ありがとう。楽しみにしてる。翔君頑張ってね!!
『STAFF ONLY』と書かれた通路に翔は入って行くと、あっという間に姿を消した。

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