明後日が来るのが早い。
早くも気づけばもう6月の下旬。暑いのか寒いのかまだ微妙な季節。
そんな時に、今日に文化祭を開催するのは高校の伝統なのだとか。体育祭の方が秋に開催される。暑い真夏日にされるよりだいぶと嬉しいしありがたい。
いつもより30分早く学校に来た私は、教室に荷物を置いたあと、すぐさま坂川先生の元へ向かった。
学校には生徒は誰一人としていない。
私だけが走る音が廊下に響き渡った。
今日が楽しみだった、という気持ちを踏む地面に込めて。
「先生!!」
坂川先生は廊下に置いてある花に水をあげていた。先の細いジョウロを使って、花と近い目線になれるよう、腰を低くして。
「随分と早い登校ですね。」
「文化祭…ですから。」
「楽しみにしてたんですね。」
「そりゃあもちろんですよ!」
先生はふふっと微笑んだ。そして「さ、どうぞ」と言って保健室の奥部屋へ入れてくれた。
「先生は文化祭、何もしないんですか?」
「そうですね…出し物は一通り見ていきたいです。」
「私の所にも来てくれますか?」
「そうですね、いつ頃に行くかは断言出来ませんが…」
「待ってます。」
「そんな、私を待っていては最後の文化祭がもったいないじゃないですか。」
「でも…」
先生は私の髪をとぎながら鏡を見ながら言った。
「でもじゃないですよ。ちゃんと友達とエンジョイしてきてください」
「ふふ…ありがとうございます。」
理由はない。でも自然と笑ってしまった。先生は「何を笑って…?」と言っていた。
私は「なんでもないですよ!」と答えた。
そして話を少し戻した。
「新垣先生と一緒に回ってたり…?」
「どうでしょう?『行きませんか?』と言われたら行ってるかもですね。でも言われなければ私一人だと思いますよ」
「誘ったりはしないんですね」
「そうですね。昔から一匹狼でしたから。」
「え、凄い意外です。」
「そうですか?無口で静かだったんです。ツンケンしてて愛想も悪くて、でもケンカだけは強かったものですから、狼みたいってよく言われてたんですよね」
「今とは大違いじゃないですか。」
坂川先生はウィッグを取りに行ったり、色んなブラシを取りに行ったり、部屋の中を動き回りながらお話をしてくれた。
「今でも素質は割と残ってますよ?」
「だって今そんなクールみたいなキャラじゃなくないですか。」
「じゃあ白野さんから見た私はどんなキャラなんです?」
「うーん…羊、。」
「ひ、羊ですか…笑」
何故羊かと言うと、先生の目。優しそうな目でそれでも綺麗な二重をしてる。それに声のトーンも。しっかりとした声をしているのに、眠くなってしまう優しさがある。
極めつけは喋り方。これも眠くなる。
「羊なんて初めて言われました。」
「狼な所なんて全然見られないんですもん。」
「私だってやる時はやりますから。いつか見られるといいですね、狼みたいな所。」
先生はニヤリと笑ってみせた。
それと同時に私の新たな髪が出来上がった。
「どうですか?」
「素敵です。ほんとにありがとうございます!…あ!白衣お借りしてもいいですか?」
「あぁ、分かりました。」
綺麗に畳まれた白衣を、先生が持ってきてくれた。前に借りた時よりもシワが全くない。
「ありがとうございます……ひやぁっ!?」
と言って先生から白衣を受け取ろうとした時、先生が白衣を持っているその右手を後ろに下げた。
その拍子に私は前へとこけてしまった。
だけど痛みはなかった。
目の前には先生の服。
「えっ…と…先生?」
声を掛けても先生は無言を貫いた。
「…。」
ただひたすらに時が経つ。
「…?」
持っている白衣を隣の机に置き、先生は整えたはずの私の前髪をかきあげて、そっと私の肌と先生の唇を重ねた。
「こういう狼も私の中にいることを忘れてはなりませんよ…。」
先生の体温が、それ以上の熱を放ちながら私の全身に走った。
それから先生は自分の顔を見せる事を頑なに嫌がるようにして、私の顔をくっと下げた。
下を向いているも、心臓の音は聞こえてる。
何も言わない先生。事を仕掛けたのは先生。
でも私はもう自分の気持ちに気づいている。そんな中でこのドキドキが止まるわけがなく。
先生の私服と白衣の間。
白衣がなびけば風が入ってくる。
私は先生の腰に腕を回した。
やった。やってしまった。
恥ずかしくて顔なんて上げられない。
きっと耳まで赤く染まっていることだろう。
だめだ、このままだと
離れられなくなってしまう──
小さな窓から太陽の光がさしている。
もうちらほら、生徒の声が聞こえ始めていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!