「気持ちは落ち着きましたか?」
私はまだ先生の中にいた。
あれからかなり時間が経ったであろうに、もといた場所からは全く動いていなかった。
きっと先生は私が落ち着くまで待っていてくれたのだろう。
「すみません…。」
「大丈夫ですよ。」
「あ、あの、ウィッグ…返しに…。」
「あ…あぁ、!そうですね。」
と言ってウィッグを丁寧に取ってくれた。
「あまり深くは聞きませんが…泣くほどの何かがあるのなら、私じゃなくてもいいです。また誰かに話してくださいね。」
「ありがとうございます。」
「いえ、"生徒"の泣き顔なんて見たくありませんよ。何かは分かりませんが、早く解決できるといいですね。」
生徒…か。
いや。当然の返事だろう。先生の言う関係性になんの間違いもない。
だけれど、私には酷く寂しく思えた。
私は"生徒"、坂川先生は"先生"その立場は変わらない。
こんなに親密になってしまっても良いのか。
自分を責める一方。
凍った空気を溶かすように先生は微笑んだ。この場を和ますような、そんな笑顔で。
その笑顔に応えるようにして私も微笑み返した。けれど、その笑顔が先生の笑顔に応えられていたか…。そう言われるとわからない。
私は一つ深呼吸をついて、吹っ切れたように言った。
「それでは、また明後日にセットしてもらいに来ます!」
「はい、お待ちしてます」
悩んでいても仕方ない。
気づいてしまった気持ちにも嘘は付けない。
歯向かえないことも悟った。
それならいっそのこと前を向こうと思った。
素直になろうって。
笑顔を見せて先生に手を振った。
先生は保健室のドアまで送ってくれた。
その距離、たった8m程。その距離がいかに尊いものか、気づくのはもう少し先の話。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!