本音なんて誰にも言えない。
最近、生きていても意味がない気がして死にたいと思うことがある。
友達の声で現実へと戻される。
本当は嘘。
友達にも親にも本音なんて言えない。
本当の私なんて誰も知らない。
けど、本当の私って?
私って何なんだろう。
電車の中、私は体も心も揺れていた。
皆が降りていき、乗ってくる人で満員になる車内。
ドアの脇で窓の外を眺めていると、腰に当たる手の感触。身をよじって避けても追いかけてくる手は、だんだんと下りていく。
気持ち悪い。怖い、怖い!
隣にいる大人を見て声を振り絞るが、その人は私から視線をそらしてスマホをいじり始める。周りを見ても目を合わせてくれる人はいない。
ああ、私なんて誰も助けてくれない。
まるで、見えていないみたい。
私はどこにも存在してないんだ。やっぱり、もう死にたいな。
全てを諦めて窓をぼーっと見ていると、アンニュイな表情のブレザーを着た男の人が近づいてくる。
窓越しに目が合い、彼は微笑んだ。
彼は痴漢をどかし、窓越しに私を見つめる。
彼が頭を優しく撫で、さっきまでの恐怖や緊張が解かれる。自然と涙が溢れてしまう。
彼はハンカチを差し出し、涙を拭ってくれる。
私がハンカチを受け取り顔を隠してうつむくと、落ち着かせるように頭をなで続けてくれた。
彼や他の乗客の目撃情報で痴漢は警察に突き出され、すぐに連行された。
私と彼は個別で事情聴取を受けることになった。
電車の風で彼の白い肌の上をきれいな黒髪がなびく。
窓を通さずに見る彼は、どこか消えてしまいそうな華奢な青年だった。
ドアが開き降りていく数人の人達。彼が先に乗るが、私はあと一歩が踏み出せなかった。
そんな私の前に差し出される細長く繊細な手。
彼の手に軽く重ねると、心がふんわりと暖かくなって落ち着く。
一歩前へと踏み出すと電車の扉が閉じた。
私を優しく見つめる彼に微笑み返すと、目の前はだんだんと暗くなり体から力が抜ける。
崩れてしまいそうになった私の手は引かれ、彼の胸へと倒れ込んでしまう。
彼は私の頭を優しく撫で、肩にのせる。
恥ずかしさを紛らわせようと目を閉じ、私はそのままふわふわとした気持ちで眠りについた。
真っ黒な闇の中で、私は一人ぽつんと立っていた。誰もいないはずなのに引かれる手。ベタベタと触られる感触と共に、私の体も闇に溶け込んでいく。
怖いけど、こんなところで一人ならこのまま消えていい。
そう思ったとき、手にぬくもりを感じた。その暖かさは闇を晴らして辺りを明るくする。
☆★☆
☆
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!