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第1話

消えかけの蛍火
6,614
2018/10/09 05:15


 本音なんて誰にも言えない。

絵美
ねぇ! 皆で同じ高校行こうよ!
理央
衣浜高校? イケメン多いよねー
鈴花
行く行く!

 最近、生きていても意味がない気がして死にたいと思うことがある。

絵美
希空も行こうよー
希空
希空
えっ?

 友達の声で現実へと戻される。
絵美
また聞いてなーい!
鈴花
皆で衣浜高校行こうって話だよ
希空
希空
あー、それね!
理央
けど、希空は頭いいから洸御高校でしょ?
希空
希空
え、違うよー
絵美
希空も一緒がいい!
希空
希空
うん、そうだね。私も一緒がいいよ

 本当は嘘。
 友達にも親にも本音なんて言えない。
 本当の私なんて誰も知らない。

 けど、本当の私って?
 私って何なんだろう。


 電車の中、私は体も心も揺れていた。
鈴花
じゃあ希空ちゃんまた明日ねー
絵美
まったねー!
理央
じゃあね
希空
希空
うん、皆またね

 皆が降りていき、乗ってくる人で満員になる車内。

 ドアの脇で窓の外を眺めていると、腰に当たる手の感触。身をよじって避けても追いかけてくる手は、だんだんと下りていく。

 気持ち悪い。怖い、怖い!

希空
希空
……あ、あの。たす、けて、ください

 隣にいる大人を見て声を振り絞るが、その人は私から視線をそらしてスマホをいじり始める。周りを見ても目を合わせてくれる人はいない。

 ああ、私なんて誰も助けてくれない。

 まるで、見えていないみたい。

 私はどこにも存在してないんだ。やっぱり、もう死にたいな。


 全てを諦めて窓をぼーっと見ていると、アンニュイな表情のブレザーを着た男の人が近づいてくる。

 窓越しに目が合い、彼は微笑んだ。
痴漢男
いてぇ!
雪飴
雪飴
あんた女の子に何してんだよ
痴漢男
な、なんだよ! 離せ!!
雪飴
雪飴
暴れるなよ。疲れるから。
ちょっと、この痴漢捕まえといてください
乗客
え、ああ。はい

彼は痴漢をどかし、窓越しに私を見つめる。
雪飴
雪飴
ごめんね、助けるのが遅くなっちゃって
希空
希空
え、いえ! ありがとうございます
雪飴
雪飴
あいつは次の駅で警察に突き出すから、少しだけ一緒に降りてもらっていい?
希空
希空
別にそこまでしなくて、いいです
雪飴
雪飴
よくないよ、怖かったでしょ。
雪飴
雪飴
……それに、このまま君を一人にするのは俺が心配なんだ

彼が頭を優しく撫で、さっきまでの恐怖や緊張が解かれる。自然と涙が溢れてしまう。
雪飴
雪飴
電車降りるまで俺が君を見ているから、もう大丈夫。安心して


 彼はハンカチを差し出し、涙を拭ってくれる。
 私がハンカチを受け取り顔を隠してうつむくと、落ち着かせるように頭をなで続けてくれた。



 彼や他の乗客の目撃情報で痴漢は警察に突き出され、すぐに連行された。
 私と彼は個別で事情聴取を受けることになった。

駅員
はい、では桐谷さんと草間さんからのお話はこれで十分です。気をつけてお帰りください
雪飴
雪飴
ありがとうございました
希空
希空
……ありがとうございました
雪飴
雪飴
暗くなっちゃったね。電車内も心配だし、最寄り駅まで送るよ
希空
希空
いや、そこまで迷惑をかけるのは……
雪飴
雪飴
気にしないで。俺が心配なだけだから

 電車の風で彼の白い肌の上をきれいな黒髪がなびく。
 窓を通さずに見る彼は、どこか消えてしまいそうな華奢な青年だった。
希空
希空
ありがとう、ございます
雪飴
雪飴
うん。この電車?
希空
希空
はい

 ドアが開き降りていく数人の人達。彼が先に乗るが、私はあと一歩が踏み出せなかった。

 そんな私の前に差し出される細長く繊細な手。
雪飴
雪飴
大丈夫だよ
希空
希空
あ、ごめんなさい
雪飴
雪飴
謝ることない。ほら、おいで

 彼の手に軽く重ねると、心がふんわりと暖かくなって落ち着く。
 一歩前へと踏み出すと電車の扉が閉じた。
雪飴
雪飴
ね、大丈夫だ
希空
希空
……はい

 私を優しく見つめる彼に微笑み返すと、目の前はだんだんと暗くなり体から力が抜ける。
 崩れてしまいそうになった私の手は引かれ、彼の胸へと倒れ込んでしまう。
雪飴
雪飴
うわっ、ごめん。無理させた?
希空
希空
あ、いえ、大丈夫です。なんか、体がフラフラしちゃっただけで
雪飴
雪飴
疲れたんだね。とりあえず座ろうか。
ゆっくりでいいよ。
希空
希空
はい
雪飴
雪飴
少し眠るといい
希空
希空
え、けど
雪飴
雪飴
大丈夫。ちゃんと起こしてあげるから

 彼は私の頭を優しく撫で、肩にのせる。
希空
希空
あ、え、えっと
雪飴
雪飴
安心して、何もしないから

 恥ずかしさを紛らわせようと目を閉じ、私はそのままふわふわとした気持ちで眠りについた。




 真っ黒な闇の中で、私は一人ぽつんと立っていた。誰もいないはずなのに引かれる手。ベタベタと触られる感触と共に、私の体も闇に溶け込んでいく。

 怖いけど、こんなところで一人ならこのまま消えていい。


 そう思ったとき、手にぬくもりを感じた。その暖かさは闇を晴らして辺りを明るくする。



希空
希空
ん〜
雪飴
雪飴
あ、起きた?
希空
希空
……本を読んでいるんですか?
雪飴
雪飴
うん、人間失格。太宰治の本だよ
希空
希空
人間失格……
雪飴
雪飴
あ、それより
駅員
間もなく三浦海岸、三浦海岸
雪飴
雪飴
ごめんね。うなされてる君を起こしたらそのまま死んじゃいそうな気がして。
雪飴
雪飴
けど、手を握ったら穏やかになったから、起こせなかった
希空
希空
……ごめんなさい。私のせいで
雪飴
雪飴
謝るの禁止。君は悪くないよ
希空
希空
……
雪飴
雪飴
海の近くまで来ちゃったね
希空
希空
少し、外の空気が吸いたいです
雪飴
雪飴
じゃあ海まで行ってみる?
希空
希空
はい



☆★☆



希空
希空
……きれい。月が反射してキラキラしてる
雪飴
雪飴
っていいながら、あまり嬉しそうじゃないね?
やっぱり、遠いところは怖い?
希空
希空
ううん、もっと遠いところに行きたいです
雪飴
雪飴
じゃあ行ってみればいいよ
希空
希空
……けど、一人じゃ
雪飴
雪飴
一人じゃないよ
希空
希空
え?
雪飴
雪飴
俺と心中しない?




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