第17話

あやしく輝く太陽
1,117
2019/01/31 09:05
生徒A
ほら、屋上から飛び降りたのってあの子だよ!
生徒B
衣浜高校の先輩にフラれて無理心中しようとしたってやつ?


 久々に学校の門をくぐると、刺さるような視線が私に向けられていた。


 教室に入ると、廊下まで聞こえていた話し声はぴたりと止まる。

絵美
……あ
希空
希空
みんな、おはよう
理央
……
鈴花
……


 いつも通り皆に混ざろうとするが、視線はそらされ何の言葉も返って来ない。

希空
希空
(……自殺しようとしたのは本当だし、それでもう話せなくなっちゃうなら仕方ないようね)
先生
桐谷、ちょっときてくれ
希空
希空
……はい


 先生に生徒指導室へ連れていかれ、私はまた問題を起こしたことを怒られるのかと身構えた。

先生
桐谷、大丈夫か?
希空
希空
え? ……はい、大丈夫です
先生
先生はお前の味方だから、辛いことは何でも言いなさい
希空
希空
……はい、ありがとうございます
先生
自殺は良くないぞ。色んな人に迷惑がかかるんだ
希空
希空
(……先生、焦ってる?)
先生
桐谷だって迷惑をかけるのなんて嫌だろ?
希空
希空
(……この人)
希空
希空
私、教室に戻ります。失礼しました
先生
あ、おい!



 気遣うふりをして、私の事なんて全く考えていない先生に大人なんてという苛立ちを感じる。


 教室では身に覚えもない自分の話が、雑音となって流れ続けていた。


 異物を見るような視線、圧迫感のある小声が私の周りを覆う。

希空
希空
(……なんで、こんなことに)
希空
希空
(雪飴さんもこんな目にあってたら……どうしよう。私のせいだ)
希空
希空
(けど、鳴海さんがそばにいてくれるなら……。うん、きっと大丈夫)





 いつの間にか帰りのホームルームも終わり、私はすぐに檻のような教室から出た。

 できるだけ周りを見ないように、見られないようにして校舎から抜け出す。


 俯いたまま校門を通ろうとした時。

 思わず、目の前に現れたその存在に息をのむ。

鳴海
鳴海
希空ちゃん、ちょっといいかな?


 私の前に立ちふさがるように、彼女が待ち構えていた。

希空
希空
……鳴海さん、なんですか?


 手短に済ませようと要件を聞くが、そこへ聞き覚えのある声が近づいてくる。

理央
……ねぇ、あれ。一緒にいる人、衣浜高校の制服じゃない?
鈴花
ホントだ。また自殺しようとしてるのかな……
絵美
飛び降りた相手は男の人でしょ? 違うんじゃない?
理央
え、けどさ――


 頭を金づちで叩かれているように、私の視線は下がっていき俯いてしまう。


 今更説明してわかってもらえることなんてあるのか、ただ引かれるだけなのでは、と友達に理解してもらうことを諦めていた。


 すると、彼女はスマホを片手に私の手を取って歩き始める。

鳴海
鳴海
場所、移そっか



 学校から離れた人気もない公園につき、二人でベンチに座る。


 嫌なところを見られてしまった気まずさで黙り込んでいると、彼女は気遣うように優しい声を発する。

鳴海
鳴海
……雪飴と、何かあったの?
希空
希空
……
鳴海
鳴海
答えにくいことかな?
希空
希空
ごめんなさい
鳴海
鳴海
じゃあ、私の話ね!……希空ちゃんが昨日見た傷。あれ、リストカットの痕なの
希空
希空
鳴海さんが……、リストカット?
鳴海
鳴海
そう


 彼女はベンチの隣にあるブランコに座り、足をブラブラと揺らしながらゆっくりと漕ぎ始める。

鳴海
鳴海
私、誰かが喜んでくれるのがすごく嬉しくて小さいころからお節介焼きだったんだ
鳴海
鳴海
中学の時、友達に恋愛相談されてね。……けど、その男の子は私を好きになっちゃって。友達に謝って、私は付き合ったりしないからもう一回頑張ろうって言ったの
鳴海
鳴海
そしたら、そうやって凛より劣ってる私を馬鹿にしてるんでしょ?って……
鳴海
鳴海
まさかそんな風に言われると思ってなかったし、私はただその子の喜ぶ姿を見たかっただけなのに……。けど、落ち込んで悲しんでるその子を放っておけなくてね。何度も話しかけたり、男の子にその子と付き合うように頼んだりして……
鳴海
鳴海
馬鹿だよね。望まれてもいないことしちゃってさ
希空
希空
馬鹿だなんて、そんなことないです!
鳴海
鳴海
希空ちゃんは、優しいね。けど、そうやって簡単に人を信用するのは……、やめた方がいいよ?
希空
希空
……なんで、そんなこと言うんですか
鳴海
鳴海
そのあと、私は女子全員に無視されるようになったの。けど、ずっと笑顔で話しかけ続けたし、一緒にいた
鳴海
鳴海
急に一人になったら、先生がいじめかって心配しちゃうでしょ?
鳴海
鳴海
はぁ。……色んな所で気を遣い続けて、もう全部嫌になっちゃったときに……切ったんだ


 彼女はブランコから飛び降りて綺麗に着地する。

 私の方に振り返った彼女の表情は、どんな感情が込められているかもわからない笑顔だった。

鳴海
鳴海
高校でやり直せたけど、腕の傷は増えてった
鳴海
鳴海
雪飴だけだったの。気づいてくれたのも、慰めてくれたのも
鳴海
鳴海
そんな雪飴が喜んでくれるなら、それだけで幸せだってわかった
希空
希空
……もしかして
鳴海
鳴海
そう、雪飴のために希空ちゃんに優しくしてただけなんだ
希空
希空
全部、……嘘だったんですか?
鳴海
鳴海
そうだよ。全部、嘘



 彼女のその言葉に、首を絞められたような痛みをおぼえる。

 今までの優しい言葉も、慰めも、応援も……。
 彼女を信じていた気持ちはすべて燃え尽き、灰となって散っていく。



 彼女は私の座るベンチの前まで歩み寄り、膝をついた。

 街灯の明かりで陰り、表情がはっきりと見えない。

 ただ、まとう雰囲気だけはいつもと違い、寒気がするほど恐ろしいものだ。

鳴海
鳴海
ねぇ……お願い
希空
希空
……なんですか?


 私の手が彼女によって強く握りしめられる。

鳴海
鳴海
私に雪飴を返して


 瞳から涙を流して笑っているその表情は、まさに狂っている。

 けれど、彼女にとってそこまで大事な存在を、私は奪ってしまったのだとわかった。

希空
希空
……離してください!


 受け止めきれない想いと共に手を振り払って立ち上がると、ベンチに置かれていた彼女の鞄が地面へと落ちる。

 その鞄の中から見える「人間失格」の表紙。

希空
希空
……あ
鳴海
鳴海
ん? あー、希空ちゃんも読んだことある? 人間失格
希空
希空
え……、雪飴さんが持っているのを見て、少しだけ
鳴海
鳴海
そうなんだ? ふふふ。これ、私がよく読んでる本なの。雪飴も読んでてくれたなんて嬉しいなぁ
希空
希空
そう、……だったんですか
鳴海
鳴海
私がこれを読みながら落ち込んでいた時にね、雪飴が心が落ち着くおまじないを教えてくれたんだ
希空
希空
目を閉じて、……深呼吸っていうのですか?
鳴海
鳴海
うん!



 二人が同じことを言っていたことに違和感は感じていた。

 彼を思って悩んでいたことが、全くの勘違いだとわかり胸に穴が開いたようだった。

 

希空
希空
(なんだ……、やっぱり私の入る隙間なんてなかったんだ)
希空
希空
私は、……もう雪飴さんとは関わらないです
希空
希空
だから、安心してください
鳴海
鳴海
ホント? ならよかった! ありがとう、希空ちゃん!


 そう言って微笑む彼女は、初めて写真で見た時の笑顔とそっくりだった。

 太陽が燦々と煌めくような笑顔の彼女は、あまりにも歪んでいた。



 嬉しそうにくすくすと笑っている彼女を置いて、私は暗くなった公園から立ち去る。






 街灯が点々と並ぶ夜道を歩いていると、スマホの着信音が鳴り響く。

希空
希空
(雪飴さん……、そういえば話があるって言ってた)


 できることなら、この電話に出たい。
 
 彼の声を聞きたい。

 今すぐ彼に会いたい。

希空
希空
(けど、雪飴さんは鳴海さんが好きで、鳴海さんにとっても雪飴さんはすごく大事な人で……。そんなの、私が壊しちゃだめだよね)



 彼に会えないことも、彼女の嘘も、どんどんと一人になってしまうことも悲しい。

 けれど、悲しく胸が痛いのに、一筋の涙も流れなかった。



 スマホをしまい、彼からの着信を見えないようにして帰路につく。


 点滅する街灯はぷつりと切れ、歩く先は闇で満たされていた。












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