久々に学校の門をくぐると、刺さるような視線が私に向けられていた。
教室に入ると、廊下まで聞こえていた話し声はぴたりと止まる。
いつも通り皆に混ざろうとするが、視線はそらされ何の言葉も返って来ない。
先生に生徒指導室へ連れていかれ、私はまた問題を起こしたことを怒られるのかと身構えた。
気遣うふりをして、私の事なんて全く考えていない先生に大人なんてという苛立ちを感じる。
教室では身に覚えもない自分の話が、雑音となって流れ続けていた。
異物を見るような視線、圧迫感のある小声が私の周りを覆う。
いつの間にか帰りのホームルームも終わり、私はすぐに檻のような教室から出た。
できるだけ周りを見ないように、見られないようにして校舎から抜け出す。
俯いたまま校門を通ろうとした時。
思わず、目の前に現れたその存在に息をのむ。
私の前に立ちふさがるように、彼女が待ち構えていた。
手短に済ませようと要件を聞くが、そこへ聞き覚えのある声が近づいてくる。
頭を金づちで叩かれているように、私の視線は下がっていき俯いてしまう。
今更説明してわかってもらえることなんてあるのか、ただ引かれるだけなのでは、と友達に理解してもらうことを諦めていた。
すると、彼女はスマホを片手に私の手を取って歩き始める。
学校から離れた人気もない公園につき、二人でベンチに座る。
嫌なところを見られてしまった気まずさで黙り込んでいると、彼女は気遣うように優しい声を発する。
彼女はベンチの隣にあるブランコに座り、足をブラブラと揺らしながらゆっくりと漕ぎ始める。
彼女はブランコから飛び降りて綺麗に着地する。
私の方に振り返った彼女の表情は、どんな感情が込められているかもわからない笑顔だった。
彼女のその言葉に、首を絞められたような痛みをおぼえる。
今までの優しい言葉も、慰めも、応援も……。
彼女を信じていた気持ちはすべて燃え尽き、灰となって散っていく。
彼女は私の座るベンチの前まで歩み寄り、膝をついた。
街灯の明かりで陰り、表情がはっきりと見えない。
ただ、まとう雰囲気だけはいつもと違い、寒気がするほど恐ろしいものだ。
私の手が彼女によって強く握りしめられる。
瞳から涙を流して笑っているその表情は、まさに狂っている。
けれど、彼女にとってそこまで大事な存在を、私は奪ってしまったのだとわかった。
受け止めきれない想いと共に手を振り払って立ち上がると、ベンチに置かれていた彼女の鞄が地面へと落ちる。
その鞄の中から見える「人間失格」の表紙。
二人が同じことを言っていたことに違和感は感じていた。
彼を思って悩んでいたことが、全くの勘違いだとわかり胸に穴が開いたようだった。
そう言って微笑む彼女は、初めて写真で見た時の笑顔とそっくりだった。
太陽が燦々と煌めくような笑顔の彼女は、あまりにも歪んでいた。
嬉しそうにくすくすと笑っている彼女を置いて、私は暗くなった公園から立ち去る。
街灯が点々と並ぶ夜道を歩いていると、スマホの着信音が鳴り響く。
できることなら、この電話に出たい。
彼の声を聞きたい。
今すぐ彼に会いたい。
彼に会えないことも、彼女の嘘も、どんどんと一人になってしまうことも悲しい。
けれど、悲しく胸が痛いのに、一筋の涙も流れなかった。
スマホをしまい、彼からの着信を見えないようにして帰路につく。
点滅する街灯はぷつりと切れ、歩く先は闇で満たされていた。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。