雪の絨毯の中、私と彼は並んで仰向けに横たわっていた。
冷え切った体は、もう痛みすら感じないほど感覚がなくなり始めている。
ふと目を開けても、夜か朝かもわからない分厚い雪雲が空を覆っていた。
勢いを増していた雪はまた静けさを取り戻し、花びらのように宙を舞って私たちに降り注ぐ。
彼の切なげな瞳と目が合う。そして、ぎゅっと手を握ってくれる。
雪が涙のように、目を瞑る彼の頬を滑り落ちる。
手はきつく助けを求めるように握りしめられ、そんな彼を慰めたくて、なんとか動かせる指に力を入れて握り返す。
彼は静かに起き上がり、私の背中に手を回した。
彼は私を抱きしめて一緒に起き上がらせてくれる。
触れ合う肌は冷たいけれど、たしかなぬくもりを感じ安心した。
けれど、安心した途端、私は体の異変に気付いた。
痛みを失った体は力が入らなくなり、視界は霞んで急な眠気に襲われる。
動くこともままならず、彼の背に倒れ込むだけで精いっぱいだった。
私の体力が限界を迎えていることが分かった彼は背負うことを諦め、背中とひざ裏に腕を回してお姫さま抱っこをする。
頭は朦朧とし、意識をなくしてしまわぬよう彼の服の胸元を必死に掴もうとするが、やはり指も思うようには動かなかった。
彼の走る振動、泣きそうな声、震えている手から気持ちが伝わってくる。
一緒にいたい。そばにいてほしい。
けれど、雪が足跡の上に振り積もるように、私までも消えてしまうような不安に襲われる。
私が消えてしまったら、彼はまた消せない罪悪感を背負ってしまう。
山を下りていくうちに、雪は吹雪へと変わり方角すらわからなくなってしまった。
彼は大木を背に座ると、吹雪から私を守るように抱きしめてくれる。
体を預けながら、感覚もない手を彼の頬へと伸ばす。
彼も寒く辛いはずなのに、安心する微笑みを向けてくれる。
そして、優しく唇を重ねた。
安心しきった私は意識を手放し、そこからの記憶がない。
朝、目を覚ますと、色々な計測器具が揃えられた処置室のベッドで、私は点滴を受けていた。
しかし、彼はいなかった。
心配したおじいさんが通報し、私たちは救助隊に助けられたらしい。
しかし、私を吹雪からかばうように抱きかかえていた彼は、病院へ搬送後そのまま入院してしまった。
命に別状はなかったものの、あと一歩遅ければ、どうなっていたかわからないほど酷い状態だったそうだ。
看護師さんに彼の様子を尋ねると、意識は取り戻しておりすでに安全な状態を保っていると教えてもらえた。
コンッ
コンッ
真っ先に心配をして微笑みかけてくれる彼に思わず涙がこぼれ、私は駆け寄って彼を抱きしめた。
暖かいぬくもりに安心して、彼を見上げる。
それから、彼は数日入院し、私は先に家路へと着いた。
きっと、帰ったらお母さんにたくさん叱られてしまうと思うけど、今までの事を全部正直に話してみようと思う。伝えることを諦めて逃げたりせず、本当に全部話してみたい。
友達にも、怖がって合わせ続けるのはもうやめる。きっと、話してみたら受け止めてくれる人もいるってわかったから。
彼と会って話して、気持ちを伝えて、気持ちを抑え続けなくていいと思えるようになった。
少しずつでいいから、話してみよう。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!