第24話

伝えたい気持ち
1,315
2019/03/21 09:04


 雪の絨毯の中、私と彼は並んで仰向けに横たわっていた。 

 冷え切った体は、もう痛みすら感じないほど感覚がなくなり始めている。


 ふと目を開けても、夜か朝かもわからない分厚い雪雲が空を覆っていた。

 勢いを増していた雪はまた静けさを取り戻し、花びらのように宙を舞って私たちに降り注ぐ。



 彼の切なげな瞳と目が合う。そして、ぎゅっと手を握ってくれる。


雪飴
雪飴
希空、俺が心中を考えたのはね。寂しかったからなんだ
雪飴
雪飴
あいつ、……父さんみたいにはなりたくなくて、大切な人はつくっちゃいけないと思った
雪飴
雪飴
……それに
希空
希空
お父さんとお母さんを追い詰めて殺した自分が、幸せになっちゃいけないって思ってるんだよね?
雪飴
雪飴
……
希空
希空
小さいころからそれをずっと気にしてたって。
ごめんね、鳴海さんから聞いちゃって
雪飴
雪飴
うぅん。……母さんは死ぬ前に、お前なんて生まなきゃよかったって言ったんだ
雪飴
雪飴
それで、お前が母さんを殺したって父さんを責めて……、俺が自殺させたようなものだった



 雪が涙のように、目を瞑る彼の頬を滑り落ちる。

 手はきつく助けを求めるように握りしめられ、そんな彼を慰めたくて、なんとか動かせる指に力を入れて握り返す。

雪飴
雪飴
……俺だけ幸せになっていいわけない。けど、気持ちを切り離してずっと一人でいるのは、思っている以上に苦しかった
雪飴
雪飴
だから、死ぬ時だけでも、誰かと通じ合いたかったんだ。何かに絶望している希空を見て、この子とならお互いの孤独を埋められるって、……勝手に巻き込んだ
雪飴
雪飴
今も希空を危ない目に合わせて、……本当、俺って情けないね
希空
希空
勝手じゃないよ! 巻き込まれたなんて思ってない。私流されやすいけど、……雪飴さんの心中に応えたのも、手を取ったのも、私の意思だよ
希空
希空
辛くて悲しいこともいっぱいあったけど、雪飴さんと会えるのが楽しくて嬉しくて、一緒に生きていたい……って、思えたの
希空
希空
それに、私もね、雪飴さんに生きていてほしくて心中するフリをしてたんだよ
雪飴
雪飴
……そうだったんだ
希空
希空
うん。私と雪飴さんって心中で繋がってたけど、実はちがったの。雪飴さんが私に生きてほしいって思ってくれてるように、私もそう思ってる
希空
希空
だから、雪飴さんをこんなところに一人置いていけない。今はね、死にたいんじゃなくて、一緒に生きていたいだけなの
雪飴
雪飴
希空……



 彼は静かに起き上がり、私の背中に手を回した。

希空
希空
え? 雪飴さん?
雪飴
雪飴
いつも俺って希空の気持ちを考えられてないね
希空
希空
そんなことないよ。いっぱい考えてくれてるの、知ってる
雪飴
雪飴
……いつも気づかせてくれてありがとう。希空、帰ろう



 彼は私を抱きしめて一緒に起き上がらせてくれる。

 触れ合う肌は冷たいけれど、たしかなぬくもりを感じ安心した。






 けれど、安心した途端、私は体の異変に気付いた。


 痛みを失った体は力が入らなくなり、視界は霞んで急な眠気に襲われる。



希空
希空
……ご、ごめん。ちょっと、……力が、入らない
雪飴
雪飴
希空!? 体が冷え切ってる! 背中に乗って!



 動くこともままならず、彼の背に倒れ込むだけで精いっぱいだった。

 私の体力が限界を迎えていることが分かった彼は背負うことを諦め、背中とひざ裏に腕を回してお姫さま抱っこをする。



 頭は朦朧とし、意識をなくしてしまわぬよう彼の服の胸元を必死に掴もうとするが、やはり指も思うようには動かなかった。

希空
希空
(私、このままどうなっちゃうんだろう)
希空
希空
(いやだ……。せっかく、雪飴さんとまた、一緒に、いられ……るのに)
雪飴
雪飴
希空!! しっかりして、寝ちゃだめだよ!
希空
希空
ゆき……あ、さ……
雪飴
雪飴
大丈夫。そばにいるよ



 彼の走る振動、泣きそうな声、震えている手から気持ちが伝わってくる。

 一緒にいたい。そばにいてほしい。


 けれど、雪が足跡の上に振り積もるように、私までも消えてしまうような不安に襲われる。


 私が消えてしまったら、彼はまた消せない罪悪感を背負ってしまう。

希空
希空
(そんなの……絶対、だめ)













 山を下りていくうちに、雪は吹雪へと変わり方角すらわからなくなってしまった。




 彼は大木を背に座ると、吹雪から私を守るように抱きしめてくれる。

 体を預けながら、感覚もない手を彼の頬へと伸ばす。

希空
希空
ゆ……き、あ……さん


 彼も寒く辛いはずなのに、安心する微笑みを向けてくれる。


 そして、優しく唇を重ねた。


雪飴
雪飴
大丈夫だよ。絶対希空を離したりしない
希空
希空
う、ん。……いっ、しょ
雪飴
雪飴
うん。一緒に帰ろう。約束だよ
希空
希空
う……ん



 安心しきった私は意識を手放し、そこからの記憶がない。


























 朝、目を覚ますと、色々な計測器具が揃えられた処置室のベッドで、私は点滴を受けていた。

 しかし、彼はいなかった。




 心配したおじいさんが通報し、私たちは救助隊に助けられたらしい。

 しかし、私を吹雪からかばうように抱きかかえていた彼は、病院へ搬送後そのまま入院してしまった。

 命に別状はなかったものの、あと一歩遅ければ、どうなっていたかわからないほど酷い状態だったそうだ。



 看護師さんに彼の様子を尋ねると、意識は取り戻しておりすでに安全な状態を保っていると教えてもらえた。





   コンッ


      コンッ


雪飴
雪飴
はい
希空
希空
……雪飴さん
雪飴
雪飴
希空! 会いにいけないから不安だったんだ


 真っ先に心配をして微笑みかけてくれる彼に思わず涙がこぼれ、私は駆け寄って彼を抱きしめた。

 暖かいぬくもりに安心して、彼を見上げる。

雪飴
雪飴
ありがとう、来てくれて
希空
希空
会いに来るよ。私も不安だった
雪飴
雪飴
うん。良かった、ちゃんと約束を守れて
希空
希空
本当によかった! ありがとう、雪飴さん
雪飴
雪飴
大丈夫だよ。うーん、じゃあ、次の約束?
希空
希空
約束?
雪飴
雪飴
うん
雪飴
雪飴
俺と一緒に、生きていこう
希空
希空
……っ! うん!













 それから、彼は数日入院し、私は先に家路へと着いた。


 きっと、帰ったらお母さんにたくさん叱られてしまうと思うけど、今までの事を全部正直に話してみようと思う。伝えることを諦めて逃げたりせず、本当に全部話してみたい。


 友達にも、怖がって合わせ続けるのはもうやめる。きっと、話してみたら受け止めてくれる人もいるってわかったから。




 彼と会って話して、気持ちを伝えて、気持ちを抑え続けなくていいと思えるようになった。


 少しずつでいいから、話してみよう。








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