彼から一歩でも離れようと逃げた先は、初めて心中をした海だった。
沈みかけの夕日で煌めく海は、とても寂しそうに見える。
足元の砂浜を眺めていると、雫が落ちて砂を濡らす。
知らぬ間に、瞳から涙が零れ落ちていた。
涙で濡れる砂浜を踏みしめていくと、さざ波が私の足を飲み込む。
誰ともつながることなく空を掴む手。
目の前に広がる海。
声とともに、誰かが海に入って駆けてくる音がする。
腕を強く掴まれた勢いで、私の体は後ろを向かされる。
私の腕を掴んだ彼女は、汗をかきながら瞳を悲しげに歪めていた。
その後ろから、松葉杖をついてゆっくりと歩み寄ってくる彼。
私の腕を掴む手も、心配そうに見つめる眼差しも、優しい言葉も、全部が傷ついた心には毒物だった。
全てを私から遮断したくて、彼女の手を突き飛ばす勢いで振り払う。
よろけた彼女は座り込み、跳ねのけた手の袖はめくれ上がっていた。
その袖の隙間から、何本もの赤い線のような傷あとが見える。
足を引きずりながら歩み寄ってきた彼も、彼女の腕を見て息を呑む。
彼女は何事もなかったように袖を直して、いつもどおりの笑顔を浮かべる。
一心に見つめてくる瞳から、私は目をそらして俯くことしかできなかった。
今更どんな顔をすればいいのかわからない。
彼の言葉一つで心が揺らぎそうだけれど、それでも、彼が私をおいて一人で死のうとしたことは忘れられない。
顔をあげると、二人の背中は遠のいていた。
彼女の袖は手首まで伸ばされ、あの傷を隠している。
あまりに傷つきすぎた心を、もう誰にも見られないように。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。