私には居場所がない。
× × ×
× × ×
× × ×
中学二年の冬。高校受験のこととか考え始める時期だけど、私には未来の希望なんてない。
図書室の隅で小説を読んで、自分の理想の王子様を空想する。
それだけが私の楽しみ、生きがいだ。
図書室の隅なのに、沢山の視線が私に突き刺さる。
素敵な王子様が私をこんな場所から連れ去ってくれたらどれほど幸せだろう。
× × ×
視線に耐えきれなかった私は、星の王子様を借りて屋上に向かった。
あそこなら誰もいない。誰の視線もない。今は日が傾いて、綺麗な夕焼けに染められているだろう。
だからあそこがいい。寒いから誰もいないし、満ちる色は暖かくて優しいオレンジ。
屋上の扉の前に立った瞬間、見えない壁が私を通り抜けたような感覚に陥った。
私は少しときめいて、屋上の扉を開ける。
星の王子様が音を立てて床に落ちた。
扉の向こうには、壁に無数の楼台が設えられ、床に金糸に縁どられた赤いカーペットが敷かれた、とても広くて長い廊下。
そこに立っているのは、深海を思わせる青い瞳でこちらを見つめる、豪奢な衣装をまとった青髪の男性。
整っているが穏やかさを感じさせる顔立ちも、均等の取れたスタイルも、絵に描いたように美しい。
私の空想上の、理想の王子様みたいに。
私の心臓が跳ね上がった。
絵本みたいに優しい言葉を奏でて、青髪の王子様が私に右手を差し出してきた。
私は嬉しくなってその右手に右手を伸ばす。
背中から男女の声がする。私は恐怖から硬直してしまう。
そんな私に青髪の王子様は微笑んでくれた。私の心に甘い蜜が垂れる。
甘い蜜を吹き飛ばすような衝撃を背中にぶつけられ、つんのめった私は目の前の異世界に足を踏み入れた。
よろける私の体は、青髪の王子様に優しく抱き留められる。
こんなに格好良くて理想的な王子様が私に優しくしてくれる。きっとここは天国だ。
たぶん私、死んでるんだ。つらいことばっかりだったから、こんないいところにたどり着けたんだ、きっとそう。
これが夢だったらひどい。残酷だ。どこにも行けない。
僕の、お嫁さん?
青髪の王子様はずっと、私のことをお嫁さんと呼んでくれる。
そう言って王子様は跪き、私の手の甲に口づけた。
散々汚いモノ扱いされた切り傷だらけの手の甲を、優しいぬくもりが包む。
その優しさがあまりに心地よくて、私は泣いてしまった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!