第4話

二つのカップは満たされない
2,352
2019/04/17 05:50
???
???
君って、俺の運命の人?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
へ……?
不思議な模様のカード、タロットカード?  を見て彼はそう言った。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(というか、このイケメンどこかで見たことあるような……?)
???
???
今日で二回も会うなんて……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
えっ、ちょっと
???
???
やっぱり、君が占いに出てきた運命の人なんだ!
ぐいっと、目鼻立ちの整った顔が私に近づく。

わ、長いまつげ。

眩しいくらいの笑顔で、きらきらと効果音が聞こえそうなくらい私を見つめてくる、けど。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あの……どいてくれませんか?
???
???
あっ! ご、ごめん。大丈夫?
彼はばっと起き上がって、私に手を差し出す。
陽に当たると光る短髪の色は明るく、黄金の小麦畑みたいになびいている。
少し焼けた肌が健康的で、笑うと口元から見える歯は綺麗に並んでいた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ま、まあ……わっ
私が手を伸ばすと、まるで風に乗ったみたいに軽々と助け起こされる。
勢いで彼の胸に吸い込まれるような形となり、優しく抱きとめられる。


ふわりと、ライムの匂いが鼻をくすぐった。
???
???
やー、ごめん。占いが当たったから、つい興奮しちゃって……
???
???
怪我はなかった?
そっと私の肩を受け止めて、彼はさわやかに笑いかける。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
君って……もしかして
九井原 夕莉
九井原 夕莉
『NOAH』のハルじゃない!?
???
???
……バレちゃった?
落ちたマスクとサングラスをちらっと見て、彼は苦笑する。
NOAHというのは、私が好きな大人気アイドルグループだ。皆の味方、というコンセプトでよくヒロイックな曲を出している。


リーダーのイブキ(上嶋くんに似てる)を中心としていて、ハルはさわやかイケメン担当だ。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
俺の本名は陸下陽翔りくしたはるとって言うんだ。よろしくね
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ここでは『NOAH』のハルじゃなくて、陽翔って呼んでほしいな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……よ、よろしく陽翔くん。私は夕莉でいいよ
握手を求められて、おそるおそる手を握る。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ほ、本物なんだ……)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
そういえば……さっき言ってた運命とかって何?
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ああ、これだよ
彼は一枚のカードを取り出して私に見せた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
このカードは二つのカップって言うんだけど……
カードには器を持って互いに向き合っている二人が描かれていた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
カードの意味は出会い、絆とか良い結びつきを表すものなんだ
陸下 陽翔
陸下 陽翔
だから君が僕の運命の人なんじゃないかって……!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
わっ、運命って……
彼は無邪気にはにかんで私の手を両手で包む。
アイドル特有のキラキラオーラに圧倒されてしまった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(なんだか尻尾を振ってる犬みたいに無邪気だなあ)
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ん、なんだか顔色が良くないね。大丈夫?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
えっと……ちょっと貧血っぽくて
ヴヴヴ、と彼のポケットの携帯が震え出す。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
やばっ、もう行かないと
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ぶつかってごめんね!
彼はアスリート選手みたいに、腕だけでさっと窓を飛び越えた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
あ、そうだ! これあげる
彼はポケットから取り出した何かを私の方に投げる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
これ……レモン牛乳?
陸下 陽翔
陸下 陽翔
俺の好物、好きでよく飲んでるんだ。ゆっくり休んで!
彼はぱちっとウインクすると、手を振りながら門の方に駆けていった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ちょ、ちょっとサボり!?
陸下 陽翔
陸下 陽翔
大事な用があるから……放課後お詫びに行くよ!
軽々と校門を上って、さわやかな笑顔を見せる。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
じゃあね! 運命の人……夕莉さん!
そのまま校外に飛び出して、颯爽と彼は行ってしまった。





九井原 夕莉
九井原 夕莉
か、風のような人だったな……陽翔くん
レモン牛乳を持って立ち尽くす私。
新しい転入生って、もしかして彼のことかな。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(日常でも自分を隠さないといけないから、アイドルって大変だろうなあ……)
そう思って私はレモン牛乳のパックを開けた。





















能美川 明梨
能美川 明梨
…………ふふ















◆◆◆◆

保健室で本を呼んだり(ホラーしかないけど)、佐那城先生と話したり、課題をやったりして私は一日を過ごした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(発作……今日は起こらなかった。薬が効いてるのかな)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(上嶋くんも、傍にいないから)
佐那城 悟
佐那城 悟
さようなら、夕莉ちゃん。何かあったらいつでも相談に乗るから……冷たっ!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
せ、先生も飲み物を注ぐ時は気をつけて
また麦茶を白衣にこぼしてしる佐那城先生にお辞儀をして保健室を後にする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(本当にドジなんだなあ……あの人)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ……
廊下の向こうから、能美川さんとプリントを抱えた上嶋くんが歩いて来るのが見えた。
能美川さんが微笑みながら上嶋くんと話している。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
調子が悪いんじゃ、物を運ぶのも辛いでしょう
能美川 明梨
能美川 明梨
ありがとう上嶋くん。あ、額に……
能美川さんが上品な白いハンカチ取り出して、背伸びをするように上嶋くんに身を寄せる。


そっと彼の顔に布をあてて、彼女は汗を拭ってあげていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……すまない
能美川 明梨
能美川 明梨
いいえ。ふふ、上嶋くんってあまり日に焼けないのね







じくり。









九井原 夕莉
九井原 夕莉
(どうして……)
こんなにじくじくと胸が痛むのだろう。

上嶋くんが誰かと一緒に――いや、能美川さんと一緒にいるだけで、ぎゅうっと心臓が押さえつけられる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(いますぐここを離れよう……)
陸下 陽翔
陸下 陽翔
やっ、九井原さん。間に合った!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
わぁっ!?
廊下の窓から――不審者、じゃなくて陽翔くんが顔を出していた。

すっと窓を飛び越えて彼は廊下に侵入する。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(また窓から……!?)
陸下 陽翔
陸下 陽翔
朝のお詫びをまだしてなかったからさ。はい、これ
陽翔くんは鉄分サプリや紙パックのココアがいっぱいに入ったビニール袋を出した。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
帰りに薬局に寄って買ってきたんだ。夕莉さんの調子がよくなるように
九井原 夕莉
九井原 夕莉
陽翔くん……
陸下 陽翔
陸下 陽翔
よっと……わっ!
陽翔くんは袋を持ったまま窓を乗り越えようとして、バランスを崩す。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あっ……大丈夫?
ばらばらと、サプリやココアが落ちてしまい陽翔くんは慌てて拾おうとする。

私も手伝おうと思ってとっさに屈んだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
いたっ
陸下 陽翔
陸下 陽翔
あだっ
物を拾うのに夢中になってお互いの頭がぶつかってしまい、同時に声を上げた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……ふふ、なんかベタだね
陸下 陽翔
陸下 陽翔
……ははっ、ごめん。またぶつかっちゃった
少しだけ緊張がほぐれて私は笑う。
散らばったものを集めて、彼はこう言った。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ねえ、放課後も送らせてくれないかな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
えっと、それは……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(一人で帰らないと、発作が起きるかもしれないし)
戸惑って視線を逸らすと、向こうから歩いてくる上嶋くんと目が合った。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
お願い! このままじゃ悪いしさ
申し訳なさそうに、陽翔くんは私を見つめる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
で、でも……
陽翔くんは私の手を両手で掴み、祈るように掲げた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
君が保健室で休んでたのに、押し倒しちゃったし……
しゅんとした表情の陽翔くん。垂れ下がった犬耳が見える気がする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
気にしなくていいよ。怪我もなかったし
私の言葉に陽翔くんはぱあっと笑顔を咲かせた。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
夕莉さんは優しいなあ……! でも送るくらいはするよ。まかせて!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
切り替えはやっ! ってちょっと!
ぐいっと引っ張られて私は流石に抵抗する。
言うことを聞かずにリードを引っ張る犬みたいな馬鹿力だ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私は一人で――
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
おい
振り返ると、そこには上嶋くんが鋭い目つきで立っていた。私を掴んでいた陽翔くんの腕を振り払って、きっと睨みつける。



上嶋くんの手が私の肩に触れ、引き寄せられた。





上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉に触るな
上嶋くんは私を庇うように体を寄せて、そう言い放った。


背中に感じる、上嶋くんの体温。


私が、好きで好きでしょうがない温もり。
ぎらりと研ぎ澄まされたナイフのような眼光に、陽翔くんは身を引いた。申し訳なさそうに眉を寄せる。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ご、ごめん……そんなつもりじゃ……
私の顔を覗き込む上嶋くんと目が合う。


黒い真珠みたいに透き通った瞳に、辛い表情をした私が映っていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
大丈夫か、ゆ……あっ
上嶋くんは私の肩をやんわりと離して、気まずそうにする。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
関わるなって、言われたのに。ごめん
逸した彼の瞳が不安げに揺れていて、夜の湖面みたいに暗かった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……
うつむいて静かな声で謝る上嶋くんに、苦しくなる。




そんな顔をさせたいわけじゃないのに。


君を守りたいだけなのに。












私が一番、君を傷つけてる。





上嶋くんは一瞬、私に手を伸ばしたけどためらった。


その手が、私に触れることはなくて。


彼は私に触れないように、そっと近づく。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
でも、これだけは言わせてくれ



上嶋くんは私の耳に唇を寄せて、静かに囁いた。

















上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
やっぱり、お前のことが好きみたいだ









どくん









と胸が張り裂けそうなほど大きな鼓動を打った。

頭の中に彼の言葉が響いて、全てが遠くなる。

心臓の鼓動だけが速くて、世界が止まって見えて






今すぐにでも好きだって叫びたくなった。
それだけ言うと上嶋くんは廊下に置いていたプリントの束を持ち、能美川さんと私の横を通り過ぎていく。
私はただそこに立ち尽くして、痛む胸をぎゅっと制服の上から掴むしかなかった。







能美川 明梨
能美川 明梨
……私の方が、ずっと前から幸寛を――







能美川さんが何かを呟いたような気がしたけど、よく聞こえなかった。


足音が、遠ざかっていく。

彼の背中が小さくなって、

遠く、私の手の届かない所に行ってしまう。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ああ、私も)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(やっぱり、君のことが好きだよ)
この胸の痛みが、熱が、君が好きだと訴えてる。
今すぐに走って追いかけて、この気持を伝えたい。



好きって、言いたい。


好きで、好きで、好きで、好きなんだ――







ーーーー君を喰べたいくらいに。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あっ……!
ズン、といきなり胸に衝撃のような痛みを感じて私は崩れ落ちる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
はぁっ、あっ……! うぐっ!
陸下 陽翔
陸下 陽翔
夕莉さん!?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
こな……いで
ちゃんと薬は使ってるのに、今までにないくらい強烈な痛みが断続的に訪れる。


何回も何回も、心臓を撃ち抜かれているかのような痛み。目から涙が染み出し、ぶわりと全身から熱とともに汗が溢れてくる。


強烈な飢餓感と喉の渇きに、全てを飲み込みたくなるような衝動。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(こういう時のために……)
私はポケットから注射器を取り出して、自分の腕に刺す。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うぐっ……!
ぜえぜえと過呼吸になりながらも、なんとか強張った手で薬を注入する。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
はあっ、はあっ……はあ……
体から少しずつ痛みが引いていき、湧き上がるような衝動も沈静化していく。


激痛の余韻が残りながらも、なんとか落ち着くことができた。
くらりとする虚脱感に襲われて私は倒れ込む。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
うわっと! ……セーフ。大丈夫?  夕莉さん!
地面に打ち付けられる前に、陽翔くんが私を受け止めた。彼は心配そうに私を覗き込む。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うん……大丈夫、だから
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(本当は、すごくきつい)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(こんなにひどくなるなんて……)
朦朧とした頭の中で、やっぱり私は食人鬼なんだと思い知らされた。

すこぐ喉が乾いて、体が熱くなって――






九井原 夕莉
九井原 夕莉
(どこまでも、食人鬼なんだ。私は)






頭を抱えて唇を噛み締めると、ピロリンと携帯から着信音が流れた。震える手で私は携帯を取ると画面には皐月ねえの文字。
九井原 皐月
九井原 皐月
夕莉? 今日学校では大丈夫だった?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
皐月、ねえ……
ぐっと、苦しみの余韻を引き締める。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うん、平気だよ
九井原 皐月
九井原 皐月
…………無理はしちゃダメよ。それで重要な話があるの







皐月ねえは一度息を吸ってから、こう言った。









九井原 皐月
九井原 皐月
…………三好修吾の死体が見つかった

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