不思議な模様のカード、タロットカード? を見て彼はそう言った。
ぐいっと、目鼻立ちの整った顔が私に近づく。
わ、長いまつげ。
眩しいくらいの笑顔で、きらきらと効果音が聞こえそうなくらい私を見つめてくる、けど。
彼はばっと起き上がって、私に手を差し出す。
陽に当たると光る短髪の色は明るく、黄金の小麦畑みたいになびいている。
少し焼けた肌が健康的で、笑うと口元から見える歯は綺麗に並んでいた。
私が手を伸ばすと、まるで風に乗ったみたいに軽々と助け起こされる。
勢いで彼の胸に吸い込まれるような形となり、優しく抱きとめられる。
ふわりと、ライムの匂いが鼻をくすぐった。
そっと私の肩を受け止めて、彼はさわやかに笑いかける。
落ちたマスクとサングラスをちらっと見て、彼は苦笑する。
NOAHというのは、私が好きな大人気アイドルグループだ。皆の味方、というコンセプトでよくヒロイックな曲を出している。
リーダーのイブキ(上嶋くんに似てる)を中心としていて、ハルはさわやかイケメン担当だ。
握手を求められて、おそるおそる手を握る。
彼は一枚のカードを取り出して私に見せた。
カードには器を持って互いに向き合っている二人が描かれていた。
彼は無邪気にはにかんで私の手を両手で包む。
アイドル特有のキラキラオーラに圧倒されてしまった。
ヴヴヴ、と彼のポケットの携帯が震え出す。
彼はアスリート選手みたいに、腕だけでさっと窓を飛び越えた。
彼はポケットから取り出した何かを私の方に投げる。
彼はぱちっとウインクすると、手を振りながら門の方に駆けていった。
軽々と校門を上って、さわやかな笑顔を見せる。
そのまま校外に飛び出して、颯爽と彼は行ってしまった。
レモン牛乳を持って立ち尽くす私。
新しい転入生って、もしかして彼のことかな。
そう思って私はレモン牛乳のパックを開けた。
◆◆◆◆
保健室で本を呼んだり(ホラーしかないけど)、佐那城先生と話したり、課題をやったりして私は一日を過ごした。
また麦茶を白衣にこぼしてしる佐那城先生にお辞儀をして保健室を後にする。
廊下の向こうから、能美川さんとプリントを抱えた上嶋くんが歩いて来るのが見えた。
能美川さんが微笑みながら上嶋くんと話している。
能美川さんが上品な白いハンカチ取り出して、背伸びをするように上嶋くんに身を寄せる。
そっと彼の顔に布をあてて、彼女は汗を拭ってあげていた。
じくり。
こんなにじくじくと胸が痛むのだろう。
上嶋くんが誰かと一緒に――いや、能美川さんと一緒にいるだけで、ぎゅうっと心臓が押さえつけられる。
廊下の窓から――不審者、じゃなくて陽翔くんが顔を出していた。
すっと窓を飛び越えて彼は廊下に侵入する。
陽翔くんは鉄分サプリや紙パックのココアがいっぱいに入ったビニール袋を出した。
陽翔くんは袋を持ったまま窓を乗り越えようとして、バランスを崩す。
ばらばらと、サプリやココアが落ちてしまい陽翔くんは慌てて拾おうとする。
私も手伝おうと思ってとっさに屈んだ。
物を拾うのに夢中になってお互いの頭がぶつかってしまい、同時に声を上げた。
少しだけ緊張がほぐれて私は笑う。
散らばったものを集めて、彼はこう言った。
戸惑って視線を逸らすと、向こうから歩いてくる上嶋くんと目が合った。
申し訳なさそうに、陽翔くんは私を見つめる。
陽翔くんは私の手を両手で掴み、祈るように掲げた。
しゅんとした表情の陽翔くん。垂れ下がった犬耳が見える気がする。
私の言葉に陽翔くんはぱあっと笑顔を咲かせた。
ぐいっと引っ張られて私は流石に抵抗する。
言うことを聞かずにリードを引っ張る犬みたいな馬鹿力だ。
振り返ると、そこには上嶋くんが鋭い目つきで立っていた。私を掴んでいた陽翔くんの腕を振り払って、きっと睨みつける。
上嶋くんの手が私の肩に触れ、引き寄せられた。
上嶋くんは私を庇うように体を寄せて、そう言い放った。
背中に感じる、上嶋くんの体温。
私が、好きで好きでしょうがない温もり。
ぎらりと研ぎ澄まされたナイフのような眼光に、陽翔くんは身を引いた。申し訳なさそうに眉を寄せる。
私の顔を覗き込む上嶋くんと目が合う。
黒い真珠みたいに透き通った瞳に、辛い表情をした私が映っていた。
上嶋くんは私の肩をやんわりと離して、気まずそうにする。
逸した彼の瞳が不安げに揺れていて、夜の湖面みたいに暗かった。
うつむいて静かな声で謝る上嶋くんに、苦しくなる。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
君を守りたいだけなのに。
私が一番、君を傷つけてる。
上嶋くんは一瞬、私に手を伸ばしたけどためらった。
その手が、私に触れることはなくて。
彼は私に触れないように、そっと近づく。
上嶋くんは私の耳に唇を寄せて、静かに囁いた。
どくん
と胸が張り裂けそうなほど大きな鼓動を打った。
頭の中に彼の言葉が響いて、全てが遠くなる。
心臓の鼓動だけが速くて、世界が止まって見えて
今すぐにでも好きだって叫びたくなった。
それだけ言うと上嶋くんは廊下に置いていたプリントの束を持ち、能美川さんと私の横を通り過ぎていく。
私はただそこに立ち尽くして、痛む胸をぎゅっと制服の上から掴むしかなかった。
能美川さんが何かを呟いたような気がしたけど、よく聞こえなかった。
足音が、遠ざかっていく。
彼の背中が小さくなって、
遠く、私の手の届かない所に行ってしまう。
この胸の痛みが、熱が、君が好きだと訴えてる。
今すぐに走って追いかけて、この気持を伝えたい。
好きって、言いたい。
好きで、好きで、好きで、好きなんだ――
ーーーー君を喰べたいくらいに。
ズン、といきなり胸に衝撃のような痛みを感じて私は崩れ落ちる。
ちゃんと薬は使ってるのに、今までにないくらい強烈な痛みが断続的に訪れる。
何回も何回も、心臓を撃ち抜かれているかのような痛み。目から涙が染み出し、ぶわりと全身から熱とともに汗が溢れてくる。
強烈な飢餓感と喉の渇きに、全てを飲み込みたくなるような衝動。
私はポケットから注射器を取り出して、自分の腕に刺す。
ぜえぜえと過呼吸になりながらも、なんとか強張った手で薬を注入する。
体から少しずつ痛みが引いていき、湧き上がるような衝動も沈静化していく。
激痛の余韻が残りながらも、なんとか落ち着くことができた。
くらりとする虚脱感に襲われて私は倒れ込む。
地面に打ち付けられる前に、陽翔くんが私を受け止めた。彼は心配そうに私を覗き込む。
朦朧とした頭の中で、やっぱり私は食人鬼なんだと思い知らされた。
すこぐ喉が乾いて、体が熱くなって――
頭を抱えて唇を噛み締めると、ピロリンと携帯から着信音が流れた。震える手で私は携帯を取ると画面には皐月ねえの文字。
ぐっと、苦しみの余韻を引き締める。
皐月ねえは一度息を吸ってから、こう言った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。