思わず、彼の名前を呼びそうなって言葉を飲み込む。
上嶋くんが能美川さんを抱き寄せるようにして、保健室の入り口に立っていた。
能美川さんはしがみつくように、ぎゅっと上嶋くんに抱きついている。
綺麗な顔をしたイケメンと、美少女の生徒会長。
まるで、王子様とお姫様みたいにお似合いだった。
上嶋くんは私と一度だけ目を合わせると、表情も変えず視線を逸した。
どくんと、心臓が落ちるような感覚に襲われる。
麦茶の染みた白衣をそのままに、佐那城先生も能美川さんを支えてベッドに運ぶ。
白いカーテン越しに会話が聞こえた。
上嶋くんの声が小さくなって聞き取れなかった。
私が聞き耳を立てようとしたら、ザッと突然カーテンが開いて上嶋くんが出てきた。
私はとっさに顔を伏せて、彼から視線を逸す。
トストスと、上嶋くんの上履きの音が通り過ぎて
――がらりと、保健室のドアが閉まった。
佐那城先生が呼び止めた時にはもう上嶋くんは保健室にはいなかった。
なるべく平静を保って私は言う。
私は何を考えているんだろう。
自分から関わらないでって言ったのに。
一言でも、声をかけてほしかったなんて。
佐那城先生は私の肩に手を置いて、優しく私を気遣ってくれた。
体の具合が悪いのは本当で、苦い血を今は我慢して飲んでるけど全然満たされない。
薬を使っても、体は少しずつ衰弱していっていた。
ぷるるるると、先生の胸ポケットに入ってる携帯が振動した。
先生は申し訳なさそうに微笑んで、濡れた携帯を耳に当てながら保健室を出ていった。
しん、と保健室に静寂が訪れる。
能美川さんの様子が気になって、私は彼女が寝ているベッドに近づいた。
カーテンをそっと開けて、様子を伺う。
白銀のような肌が窓から差し込む陽光に照らされ、眠り姫のように能美川さんは横たわっていた。
この人がドレスを着てても不思議じゃないんだろうな。私じゃ似合わないけど。
彼女の唇が、心細そうに動く。
呟かれた名前に、私は驚いて口を塞ぐ。
長いまつげがゆっくりと瞼に持ち上げられて、能美川さんは目を覚ます。
能美川さんは私が閉めようとしたカーテンを掴んだ。
能美川さんは、生徒会長なんだから生徒のことは皆把握してるわと微笑んだ。
言われるがまま、窓際にある椅子に腰掛ける。
生徒会なんて、一匹狼の上嶋くんが一番好きじゃなさそうなのに。
密着した二人を思い出して、胸が苦しくなる。
能美川さんは聖母のように微笑んで、こう言った。
その言葉の意味がわからなくて、私は一瞬固まってしまった。
遠くで、キーンコーンカーン、とチャイムの鳴る音。
目の前で穏やかに微笑んでいる、能美川さん――
突然の声に振り返ると、上窓から入ろうとしてる男の子が私の上にいてーー
ーー落下してきた。
ドサッ!
私は彼とぶつかって床に倒れ込んでしまった。
後頭部をぶつけて、くらくらする視界。
陽に光る明るい髪色をした男子生徒が私に覆いかぶさっていた。
片方の耳には季節はずれのマスクがぶら下がっている。
指先に、メガネのようなものが転がってる――サングラス?
彼はじっと、鼻先が触れ合いそうになるほど顔を近づける。
ポケットから不思議な模様をしたカードを取り出して、私と交互に見つめた。
そして、彼から予想外の言葉を聞いたのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!