ついに明日は、初めての登校日。
高校入学を機に、私はある目標を立てていた!
制服や荷物の準備をしていると、知らぬ間に部屋へ入ってきた道人くんが後ろから抱きしめてきた。
引き締まった男らしい腕が私の首に優しく回され、離そうとしない。
ド ド
キ ド キ
キ ド
ド キ
キ ド ド
ド キ キ
キ
触れている首から熱が回り、顔が沸騰しそうになる。
恥ずかしさを誤魔化そうと反射的に道人くんのみぞおちを肘打ちするが、彼はびくともせず離れない。
私は耐えきれずに、またも道人くんの足を踏みつけた。
マドレーヌの入った可愛らしい箱を手にウィンクをしている道人くんは、イケメンの無駄遣いだと思う。
道人くんは隣の家に住む8歳年上のお兄さん。家族がらみで仲がいいため、共働きの両親に変わって小さい頃から私の世話を焼いてくれている。
切れ長の目にパーマのかかった髪、大学でバレーをしていたから体も引き締まっていて、これぞイケメンという人だ。
ついこの間、大学院を卒業して今年から新社会人。お母さんの話によれば大手企業に就職したとか。
スポーツのできるイケメン秀才。
そんな人にずっと可愛がられ続けた私は……。
道人くんは私の後頭部にキスをして、さらにギューーッと抱きしめた。
私を解放すると、彼はいつも通りの微笑を浮かべて部屋を出ていく。
恥ずかしくなると冷たいことを言ったり、手や足がすぐ出てしまう私は、道人くん以外の男の子にもひどい態度をとり、男友達なんて一人もいない。
道人くんにひどい態度をとってしまう自分も嫌い。
ガチャッ
と反省しながら、ティーカップを持っている道人くんのお腹にグーでパンチしようとしている私、……ヤバすぎ。
しかし、道人くんは紅茶もこぼさずにスルッと交わしてご満悦な様子。
しゃがみこんでテーブルにカップを置くと、少し上目使いで首をかしげた。
『次の日』
一時間目から始業式が始まり、まだ見知らぬ同級生たちの中でそっと手帳の裏表紙を開く。
胸の前で小さくガッツポーズをとって気合を入れると、壇上で校長先生のあいさつが始まる。
しかし、その言葉はあまり耳には入らず、私はこれから始まる高校生活にワクワクしていた。
壇上に立つ彼は、家では見ないクールな雰囲気を纏い挨拶をはじめた。
それまで静かだった体育館は、女子生徒たちの黄色い歓声で華やかな空気に包まれる。
始業式も終わり、教室に帰ってからすぐ下校となった。
廊下で新入生の誘導をしている道人くんを見つけ、私は駆け寄って袖を掴む。
彼は冷静な眼差しを私に向け、無言で廊下の角に連れていった。
道人くんは終始笑うこともなく、冷たい瞳で私を見ていた。
そんな彼をとても遠くに感じ、妙に胸が痛くなった私はその場から逃げるように走り出した。
ド
ン
ッ
前を見ずに走っていた私は誰かにぶつかってしまい、鞄を落として後ろに倒れそうになる。
しかし、ぶつかった地味なメガネの男の子に腕を掴まれ、倒れずに済んだ。
道人くんの事でいっぱいいっぱいだったとはいえ、お礼を普通に言えたことに驚き、私はまた走って逃げだした。
☆
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。